大窪詩仏の詩と書をあじわう 三
芝川合處浄如氷 汲取満瓶吹火烹 茶托茶杯安排得 烹到俵巖湯未成
芝川合する処、浄きこと氷の如し。汲み取って瓶に満たし、火を吹いて烹る。茶托、茶杯、安排し得て、烹て俵巖に到っても湯未だ成らず。
富士川に芝川が合流している所は清浄なること氷のようだった。その水を汲んで瓶に満たし、火を吹いて沸かす。茶托茶碗を用意し沸くのを待つのだが、俵巌に舟がついてしまってもまだ沸騰しなかった。
『詩聖堂詩集二編』巻11 「下峡」12首の第9首
|
|
屏風巖似疊屏風 臨岸千尋聳半空 本是雙流争激処 驚波巻雪灑舟中
屏風巌は屏風を畳むに似て、岸に臨み千尋、半空に聳ゆ。もとこれ双流、争激の処。驚波、雪を捲いて、舟中に灑ぐ。
屏風岩は屏風を畳んでいるように、岸に臨んで千尋も中空に聳えている。ここは二つの流れがぶつかるところ、怒涛が雪を巻き上げるようにしぶきを舟中に注ぐ。
『詩聖堂詩集二編』巻11 「下峡」12首の第2首
|
|
一帆直欲訪蓬瀛 天水澄鮮鏡面平 碧海舎人相接伴 風標公子亦逢迎
一帆直ちに蓬瀛を訪ねんと欲す。天水澄鮮、鏡面平らかなり。碧海舎人、相い接伴。風標公子もまた逢迎。
帆を上げて、まっすぐ神仙の国をめざすようである。空も水も澄み切って、鏡のように平らか、カモメが待ち受けてくれ、シラサギも迎えてくれる。
[註]蓬瀛は蓬莱と瀛州。ともに渤海にあって神仙の住むところという。碧海舎人はカモメのことか。風標公子はシラサギ。落款にある天保辛卯とは2年のこと、病に倒れてからの作品となる。
『詩聖堂詩集 三編』巻4 「泛八竜湖」6首の第一
|
|
一夢醒來涼透膚 床頭惟有一青奴 月移竹影上窓紙 似学先生醉墨圖
一夢、醒め来れば涼、膚に透る。床頭ただ有り、一青奴。月移って竹影、窓紙に上り、先生、醉墨図を学ぶに似たり。
夢から覚めると冷気が肌にしみる。寝床の側には涼をとるための竹の抱きかごがあるだけ。月が移って竹の影が障子に上ってきて、まるでこの先生が酔墨画を学んでいるかのようだ。
[註]青奴は寝る時夜具の中に入れて涼をとる竹製のかご。抱きかご。竹夫人の異名あり。
詩仏の詩集には見えない
|
|
古驛西偏接翠疇 秧歌聲裏雨痕収 浅間祠下一泓水 散作千邨落萬秋
古駅、西に偏し、翠疇に接す。秧歌声裏、雨痕収まる。浅間祠下、一泓の水、散じて千村万落の秋となる。
古い宿場は西に偏り、青田に接している。田植え歌のなかで雨も止んだ。浅間の社のほとりに涌く水が多くの集落に流れていって、収穫の秋をもたらすのだ。
[註]翠疇は緑のあぜ。秧歌は田植え歌。一泓水は、ひとたまりの深い清い水。
|
|
素練斜拖三百里 夕陽没處點煙無 半輪秋月波間影 便是青蓮出現圖
素練斜めに拖く三百里、夕陽没する処、点煙なし。半輪の秋月、波間の影。すなわちこれ青蓮出現の図。
白い絹を三百里にわたって斜めに広げたような湖、夕日の没するあたりには一点の煙もない。半輪の秋の月が波間から上る。まさにこれは青い蓮が立ち現れる図である。
[解説]素練は白い練絹。青蓮は青い色の蓮のこと。文政2年(1819)、潮来、土浦、筑波山に遊んだときの作。
『詩聖堂詩集 二編』巻6 「湖中晩望」詩
|
|
檐馬丁東夜氣澄 涼風如水月初昇 滿窓竹影模糊處 時有飛蟲來撲燈
檐馬丁東、夜気澄む。涼風水の如く月初めて昇る。満窓の竹影、模糊の処、時に飛虫の来りて燈を撲つ有り。
風鈴がちりりんと鳴って夜の空気が澄み切っている。涼しい風が水のように流れ、月が上った。窓いっぱいに竹の影がぼんやり映っているところに、時々虫が飛んできて灯火にぶつかる。
[註]檐馬は風鈴。丁東は丁当とも書き、風鈴などが揺れて鳴る音。
『詩聖堂詩集 二編』巻10 「新秋夜坐」詩
|
|
驛亭南入多平曠 流水縦横雨後肥 幾陣清香來撲面 田間一路野薔薇
駅亭、南に入って多く平曠。流水縦横、雨後に肥ゆ。幾陣の清香、面を撲つ。田間一路、野薔薇。
宿場から南に向かうとほとんど平らかである。水が縦横に流れていて雨後で水量が多い。時々いい香りが顔にかかる。田の中の一本道にのばらが咲いているのだ。
[註]駅亭とは宿場。平曠はたいらでひろいさま。幾陣はとぎれてはつづくこと。野薔薇はのばら。田間とは田と田の間。
『詩聖堂詩集 二編』巻2 「赴牧郷途中作」2首の第一
|
|
森々鬱々萬蒼龍 侵雪凌霜蟠半空 一自濤聲起東海 長敎天下飽清風
森々鬱々、万蒼龍。雪を侵し、霜を凌いで、半空に蟠る。ひとたび濤声の東海に起ってより、長く天下をして清風に飽かしむ。
盛んに茂った古松が、雪も霜も凌いで半空に蟠っている。ひとたび東海の地に濤声を起こしてより、ながく天下の人々をして清風に満足させているのだ。
[註]蒼竜は青色をした竜を意味するほか年月を経た古松、老松をさす。
『詩聖堂詩集 三編』巻1 「松」詩
|
|
自従勅使駆将出 父子一時有處離 心不能言眼中血 俯仰天神天地祇
勅使に従って駆けて将に出でてより、父子、一時、有処を離る。心は言う能わず、眼中は血。俯仰す、天神、天地の祇。(試訓)
勅使によって馬を駆って出立してより、父と子は或る時別れることになる。心の中を語ることできず眼は血走り、ただ天神を仰ぎ地祇に祈るのみだった。
出典未詳
菅原道真「読楽天『北窓三友』詩」中の一節「自従勅使駆将去 父子一時五処離 口不能言眼中血 俯仰天神与地祇」によるか。
|
作品:江戸民間書画美術館 渥美國泰コレクション より
参考文献:『大窪詩仏展 江戸民間書画美術館 渥美コレクション』