大窪詩仏の詩と書をあじわう 二

大森 林造

海岸一條行路牢 暁風送冷起波濤 一帷紅靄朝暾影 暎出銀山萬丈高
海岸一條行路牢かたし、暁風、冷を送って波濤起る。一帷紅靄こうあい、朝暾ちょうとんの影、暎うつし出す、銀山、萬丈高きを。

海辺に沿って堅牢な一筋の道がつづく。夜明けの風が沖の波濤から冷気を送ってくる。とばりのような真っ赤な靄が朝日に映え、万丈の銀山のような波濤に映えている。
出典未詳
欲識筆端妙 宜向三冬看 風雪摧萬木 此君獨平安
筆端の妙を識らんと欲せば、よろしく三冬に向かって看るべし。風雪萬木を摧くだき、此君しくん獨り平安。

筆遣いの妙味を知ろうとするなら、冬の季節、風雪が万木を打ち砕くなか、竹がひとり平安であるさまを見ることである。

[解説]「墨竹」と題して『詩聖堂詩集初編』巻十に収める43歳ころの作。晋の王羲之の子の王徽之が「何ぞ一日も此君無かるべけん」と言ったことから竹を此君という。風雪のなかにも独り平安である竹に、清爽にして瀟洒かつ豪放不羈の書の精神を学んでいる、といいたいのである。しかし、詩仏ははじめ梅を愛し、痩梅と名乗っていた。痩竹と号としたのは柏木如亭の方で、だからこそ26歳の時に設立した詩社を「二痩詩社」と呼んだ。いつから、何を契機として竹に目覚めたかは明らかでない。詩仏の竹画はそれぞれに微妙な差異を見せて千差万別、ほとんどが酒興に駆られての所産と見られる。なお、この詩は正格の絶句ではない。

 
残雪不消猶待伴 紬衾冷透睡醒初 夜深知是寒威重 滴月檐聲聴漸疎
残雪消せず、なお伴を待つ。紬衾ちゅうきん冷透る。睡醒すいせい初め。夜深けて知る、これ寒威の重きことを。月に滴る檐聲えんせい、聴くに漸く疎なり。

残雪は消えずに雪の仲間を待っているようだ。つむぎの夜着にも寒さがしみて、目がさめてしまった。夜がふけるにつれ、寒さがつのるのがわかる。月光を浴びて滴る軒のしずくの音がしだいにまばらになってゆくから。
『詩聖堂詩集 初編』巻1 「春夜」詩
一枝折取爲歸伴 携出邨荘日已斜 軽靄乍舗昏作雨 好将微湿健梅花
一枝折り取って帰伴となす。携えて邨荘をいづれば日すでに斜めなり。軽靄けいあいたちまち舗いて昏れに雨となる。好し微湿をもって梅花を健やかにせん。

梅の一枝を折って帰路の友とする。村里を離れると、もう日が傾いている。一面に靄が立ちこめて、暮れるにつれ雨となった。その雨に僅かに湿らせて、梅の花を健やかに保ってゆこう。
『詩聖堂百絶』 寛政12年、詩仏34歳のときに出版。
春来何處著詩思 纔有梅花便有詩 不可寒斎無此樹 併将老幹倩人移
春来何処に詩思を着けん。わずかに梅花あれば便すなわち詩あり。寒斎、この樹なかるべからず、併せて老幹をもって人を倩やとつて移す。

春の訪れとともにどこに詩情を寄せるか。ただ梅の花さえあれば詩は生まれる。さびしい書斎にこの花は欠かせない。ついでに梅の老木も人を雇って庭に移し植えることにしよう。
出典未詳
夢中昨夜謁虚皇 玉殿瓊楼月似霜 今日来登吉祥閣 花明三十六僧房
夢中、昨夜虚皇に謁す。玉殿瓊けい楼、月、霜に似たり。今日来り登る吉祥閣、花は明らかなり三十六僧房。

昨夜の夢に道教の神に拝謁した。美しい御殿に月の光が霜のように降り注いでいた。今日、この上野の東叡山吉祥閣を訪れると、三十六僧坊を包んで桜の花があざやかであった。
『詩聖堂詩集 初編』巻1 「東叡山観花」三種の三
幽慵枕上引殘酲 夢裡渓頭取次行 穿尽桃花不逢客 戛然一覚野禽聲
幽慵ゆうゆう、枕上、殘酲を引く。 夢裡、渓頭、取次に行く。桃花を穿うがち尽くして客に逢わず。戛然かつぜん、ひとたび覚むれば、野禽の聲。

二日酔いで静かな窓辺に臥している。夢に渓谷を次第に進み、桃の花下を通り抜けていって誰にも会わない。キーンという音に目覚めたら、それは折からの野鳥の声だった。
出典未詳
一出山來信不通 桃花流水幾春風 人情争完日軽薄 焉識如今非畫中
ひとたび山を出で來れば信通ぜず。桃花流水、幾春風。人情いかでか完まったからん。日に軽薄。いずくんぞ識らん、今のごとく、畫中にあらざるを。

一旦、山を離れてからは音信不通、あの桃花流水の天地に幾たび春は回ったろうか。人情がどうして変わらないことがあろう、日に軽薄となり、今では画中の景のままであるかどうか分からない。
『詩聖堂詩集 初編』巻1 「桃源図」詩二首のニ
長堤十里雨新晴 満路深泥不易行 萬頃秧田緑将没 夕陽多處水縦横
長堤十里、雨新たに晴れ、満路の深泥、行き易からず。萬頃の秧田おうでん、緑まさに没せんとす。夕陽多き處、水縦横。

十里の長い堤をたどっていて、やっと雨が上がった。道は泥だらけでどうにも歩きにくい。広々と広がる苗代田は水に沈みそう。夕日の光がいっぱいに溢れていて水が縦横に流れている。
『詩聖堂百絶』
庭階臨水無餘物 一樹長松一樹梅 不是花時還可愛 翠濤聲巻晩涼來
庭階、水に臨んで餘物なし。一樹の長松、一樹の梅。これ花の時にあらざるも還た愛すべし。翠濤の聲は晩涼を巻き來る。

庭先の階段は泉に面していて余分のものはなく、一本の長松と一本の梅だけである。梅は花の時期でなくとも愛すべき風情があり、翠濤のような松風は晩涼を運んでくれている。
『西遊詩草』巻之上  文政元年西遊の途次の作

作品は「江戸民間書画美術館 渥美國泰コレクション」より

参考文献:『大窪詩仏展 江戸民間書画美術館 渥美コレクション』