陸前浜街道の呼称変遷

陸前浜街道という公式名称は、明治5年(1872)から18年までの14年間用いられたものにすぎません。ところが地図によっては現代においても陸前浜街道と記されていることがあります。明治初期において陸前浜街道とされた東京から仙台にいたる道路の公式名称の変遷の経過をたどります。

先に結果を表にして示します。

江戸時代
水戸海道(千住—水戸) 岩城海道(水戸—平) 相馬海道(平—相馬中村)
明治5年
1872
陸前浜街道(千住—岩沼)
明治9年
1876
東京街道(3等国道)+ 宮城県街道(1等県道)
… 茨城県内でのみ通用する呼称
明治18年
1885
14号「東京ヨリ茨城県ニ達スル路線」千住—水戸
15号「東京ヨリ宮城県ニ達スル別路線」水戸—岩沼
大正9年
1920
6号「東京市ヨリ宮城県庁所在地ニ達スル路線」千住—水戸—岩沼

水戸海道は江戸から水戸藩の城下町まで、岩城海道は水戸から磐城平藩の城下町まで、相馬海道は平から中村藩(相馬中村藩)の城下町までをさします。

江戸時代の街道名称についてはこちら 「海道と街道」 「海道と街道の表記」 を参照。

水戸海道が日本橋から始まらないのは、五海道のひとつ日光海道(のち日光道中)が日本橋から千住宿(足立区)を経て日光に向かっており、その千住宿から分岐して水戸海道が始まるからです。

さて陸前浜街道から現在の一般国道6号にいたる名称の変化を法令によって追っていきます。

引用文について、縦書きを横書きに、適宜読点[、]を入れ、正字を常用漢字があれば常用漢字を用い、ないものはそのままとしました。

1 明治5年 太政官布告第139号

○四月廿九日
武州千住駅ヨリ常州水戸ヲ経テ陸前国岩沼駅ニ至ル迄ノ道筋、自今陸前浜街道ト可称事

と定められます。

つまり明治5年4月29日から「陸前浜街道」が使われはじめます。

陸前とは明治元年12月の太政官布告により陸奥国を分割して置かれた陸前国を指します。現在のほぼ宮城県域に相当し、中心地は仙台。つまり陸前浜街道とは東京から仙台へ向う海辺に沿う道と理解できます。岩沼(岩沼市)は宿駅で、ここで白河からの仙台道に合流します。

2 明治6年8月2日 河港道路修築規則 大蔵省達番外

大蔵省は「河港道路修築規則」を各府県に示します。「堤防・用悪水路・道路・橋梁ノ経費・官民ノ区別」つまり整備・管理費の負担を定めるためです。

この規則は、6則からなり、道路に関する規定を次に抜き出します。

第1則に「東海・中山・陸羽道ノ如キ全国ノ大経脈ヲ通スル者ヲ一等道路トス」。
 第2則に「各部ノ経路ヲ大経脈ニ接続スル脇往還・枝道ノ類ヲ二等河港道路
 第3則に「村市ノ経路等ヲ三等河港道路トス」
とあります。道路を大きさによって、五海道クラスの一等道路、一等道路に接続する脇往還などの二等道路、村と町をつなぐ三等道路、と分けたのでした。陸前浜街道は二等道路に位置づけられるのでしょうか。はっきりしたことはわかりません。

3 明治9年6月8日 太政官達第60号

この達は2の大蔵省達を廃し、道路を国道・県道・里道に3区分し、さらにそれぞれを3級にわけ、道幅をさだめるなど、「河港道路修築規則」を道路について体系化を試みたのです。次のような文面です。

明治六年八月大蔵省ヨリ相達候道路等ノ等級ヲ廃シ、更ニ別紙ノ通相定候条、右分類等等級各管内限詳細取調、内務省ヘ可伺出此旨相達候事
但費用ノ儀ハ追テ一般布告候迄従前ノ通相心得ヘシ

別紙において、まず道路を国道・県道・里道に分け、それぞれをさらに3区分し、それらの幅員について規定しました。

これによって陸前浜街道は二つに区分されました。一つは「東京ヨリ各県庁ニ達スル」国道3等部分、それに「各県ヲ接続シ及各鎭台ヨリ各分営ニ達スル」県道1等に該当する部分の二つです。これらは東京から水戸までの旧来の水戸海道と水戸から仙台に通ずる岩城・相馬海道です。

さてこの太政官達の但書きの前に「右分類等等級各管内限詳細取調、内務省ヘ可伺出、此旨相達候事」とあります。区分に従って各府県は管内に限って道路の詳細を調査し、内務省へ報告せよというのです。つまり上に示した道路の規定は、調査の基準、いわば調査要項とも考えられます。この内務省への報告がどんなものであったのか、今の段階で捉まえていません。起点・終点の町村名、路線名称、幅員、道路状態などの記載があると考えられるのですが、後日を期したいと思います。

しかしそれをうかがわせるものがあります。それは明治14年から15年にかけての茨城県会における道路整備予算審議にかかる記録です。『茨城県議会史』第1巻に収録されています。国道であっても県の予算から支出されるのですが、整備予算のなかに道路名がでてきます。東京街道、宮城県街道、福島県街道、栃木県街道、埼玉県街道の五つです。これらの名称は茨城県庁のある水戸からどこへ向うのか、という視点からつけられています。それぞれの街道の経路を予算審議のからたどると次のようになります。

東京街道:水戸—北相馬郡利根河畔(取手市)
 宮城県街道:水戸上市—福島県管轄境多賀郡勿来山上(北茨城市)
 福島県街道:那珂郡青柳村(水戸市)—久慈郡徳田村(常陸太田市)
 *ちなみに江戸時代には棚倉海道と呼ばれ、陸奥国棚倉藩の城下まで続いていました。
 栃木県街道:東茨城郡常磐村(水戸市)—結城郡結城町—同郡小田林村(結城市)
 埼玉県街道:結城町—境町(通称関街道)

これらの街道名称は、茨城県内でのみ通用する呼称だと考えます。道路の起点はいずれも水戸ですが(埼玉県街道の起点は結城町とされていますが、その結城町までの起点は水戸です)、終点は当然ながら茨城県の管轄・管理区域までです。茨城県において埼玉県街道は、境町の利根川河畔までです。それから先は埼玉県が茨城県街道とでも名付けているはずです。それは茨城県にとってはあずかり知らないこと。また例えば宮城県街道は、宮城県に接する秋田、岩手、山形、福島の4県の中にそれぞれあるはずですから、他から見たら宮城県街道と言われても困ります。どの路線を指すのかわかりません。

県庁間をつなぐ県道に国が全国的に統一して一つの名称を付したという記録は見つけられませんでした。なかったものと推測します。したがって明治5年にさだめられた「陸前浜街道」という名称はまだ生きていると考えます。

大きな街道にしか道路名称がない。物資の流通、各地の産業振興に道路整備は欠かせなくなっています。全国レベルでは不便です。そこで国道に地名などからとる名称の代わりに番号を振る、ということが考えだされました(たぶん)

それが明治18年にだされた次の太政官布達です。

4 明治18年1月6日 太政官布達第1号

今般国道ノ等級ヲ廃シ、其幅員ハ道敷四間以上、並木敷湿抜敷ヲ合セテ三間以上、総テ七間ヨリ狹少ナラサムモノトス
但国道路線ハ内務卿ヨリ告示スヘシ
右布達候事
        明治十八年一月六日
             太政大臣 侯爵 三条実美
             内務卿 伯爵 山県有朋

国道を3等級に分けていた明治9年の太政官達を廃し、すべての国道を等級分けせず幅員を一律に定めたのです。この太政官布達を受けて、1号から44号の国道を指定しました。それが翌月に内務省が示した「国道表」です。

5 明治18年2月24日 内務省告示第6号

本年一月太政官第一号ヲ以テ国道之儀布達相成候ニ付、該線路別表之通相定候条、此旨告示候事
        明治十八年二月二十四日
            内務卿 伯爵 山縣有朋

別表にある「国道表」の中から関連部分を抜き出します。
十四号 東京ヨリ茨城県ニ達スル路線
   経路:日本橋—6号—千住—14号—水戸
十五号 東京ヨリ宮城県ニ達スル別路線
   経路:日本橋—6号—千住—14号—水戸—15号—岩沼—6号—仙台
 ちなみに六号は「六号 同(東京より)函館港ニ達スル路線」です。

陸前浜街道という呼称は、この時点で廃棄されたものと考えます。

6 大正8年4月10日 法律第58号 道路法

そして大正8年に7章63条からなる「道路法」が制定されます。これによって道路に関する法制度が整います。

第1章総則、第2章道路の種類・等級及び路線の認定、第3章道路の管理、第四章道路に関する費用及び義務、第5章監督及び罰則、第6章訴願及び訴訟、第七章雑則、という構成です。

7 大正9年4月1日 国道路線認定ノ件 内務省告示第28号

道路法の施行は翌大正9年4月1日のことです。施行と同時に内務省から「国道路線認定ノ件」が示され、国道は44路線から38路線へと整理され、14号と15号は一つになり、6号と変更されます。関連部分を抜き出します。

六号 東京市ヨリ宮城県庁所在地ニ達スル路線
  経過地
四号路線(東京府南足立郡千住町ニ於テ分岐) 水戸市 宮城県名取郡岩沼町 四号路線

4号路線とは「東京市ヨリ北海道庁所在地ニ達スル路線」です。

ここで規定された国道6号が現在に続きます

現代においても陸前浜街道が使われ続ける理由

東京を出発点に茨城県をつらぬき、福島県の浜通り地方を抜け、陸奥国最大の都市仙台(宮城県よりも知られている)に至る基幹道路の名称、これを一言で表わすなら。水戸・岩城・相馬街道とか途中の都市名称をつなげる、あるいは「14号と15号国道」とか番号をつなげる言いかたでは、一言ではないし、どこを走っている道路なのかわからない、なんとも不便です。6号も同じ。番号で言うよりは、陸前国つまり仙台まで山あいではなく海岸沿いを走る道路という言いかたのほうが、わかりやすいにきまっている。これが陸前浜街道が使われ続ける理由でしょう。