海道と街道の表記

寛保御触書集成 道中之部 から

この触書から「街道」にかかわる名称をひろってみます。

寛文5年(1665)の条 … 中仙道

宝永元年(1704)3月の条 … 海道筋、日光海道、奥州海道、甲州海道

正徳2年(1712)3月の条 … 東海道、中仙道、日光海道、奥州、甲州海道、諸海道

正徳2年(1712)4月の条 … 中山道、中仙道

個別の街道はすべて海道と表記され、正徳2年4月には一つの文書の中で中仙道と中山道両様の表記がなされてます。そして

正徳六年(1716)四月の条

には次のようにあらわれます。

五畿七道*之中に
東山道トウセンタウ
山陰道センヲンタウ
山陽道センヤウタウ
  いつれも山の字をセンとよみ申候、
  東山道の内の中筋の道に候故に、古来より中山道と申事に候、
  海道と申候事ハ
東海道
南海道
西海道
  いつれも海國の道筋を申候、
  海なき國と申伝へ候ハ
下野の國
甲斐の國
  此道に海道と申事のあるへき事にもなく候へは、
日光道中
甲州道中
右之通にて可然候、

つまり、東山道・山陰道・山陽道の山はセンと読むこと。中山道は東山道の中ほどを通っているので、中山道と言う。東海道・南海道・西海道はいづれも「海国」の道筋だから海道でよし。海のない下野と甲斐国に海道というのもふさわしくないので、日光道中・甲州道中と称する、というのです。

*五畿七道 律令制の国の上部に設定された地方行政上の地域区分。五畿は山城(京都府)、大和(奈良県)、摂津(大阪府・兵庫県)、河内(大阪府)、和泉(大阪府)の5か国。七道は、東海道、東山道、北陸道、山陰道、山陽道、南海道、西海道をさす。

『諸国道中細見記』によれば

文政2年(1819)須原屋茂兵衛版の本書の見返しに「街道」の名称が次のように書き上げられています。

東海道・木曽海道・秋葉鳳来寺道・北国加賀道中・信州善光寺道・越前海道・伊勢参宮道・水戸海道・甲州海道・大坂道・江島鎌倉道・大山参詣道・紀州道・日光道中・長崎道

甲州海道は「甲州道中」と正徳6年に改められているのに「海道」のままです。どうしたことでしょう。公式上はそうであっても、百年たっても通称はなかなか改まらなかったということでしょう。『諸国道中細見記』は幕府の検閲を経ているはずです。幕府の役人は百年前の法令など忘れていたか、あえて現状を容認したか。いずれにしても庶民の感覚には「街道」はなかったことがわかります。(2013-06-25 追記)