大窪詩仏の詩と書をあじわう 七

大森 林造

詩書屏風 1

[右隻]
無朝無暮醉醺々 鯨吸百川何足云 酒戰場中誰可比老 来矍鑠馬将軍
屠蘇到手不嫌遅 鞭得聡明忘却機 耳目依然歯無恙 七十如我亦應稀
還我江山風月身 飄然謝絶世間塵 健如黄犢頑如石 可識天民是幸民
朝と無く暮と無く酔うて醺々。鯨の百川を吸するは何ぞ云うに足らん。酒戦場中、誰か比すべけん。老来、矍鑠かくしやく馬将軍。
──朝も夕も酔って楽しんでいる。鯨が百川を吸うというが問題ではない。酒の飲みくらべでも私と肩を並べる相手はいない。老いてますます矍鑠たる後漢の馬援将軍の如くである。

屠蘇とそ手に到る、遅きを嫌わず。聡明を鞭得し、機を忘却す。耳目、依然、歯恙なし。七十、我の如きもまた応に稀なるべし。
──屠蘇を食べるのが遅くてもかまわない。聡明であることに努め、世俗を忘れる。耳も目も歯も異常がない。七十で私のような者もめったに居まい。

我を還す、江山風月の身。澹然として謝絶す、世間の塵。健は黄犢こうとくの如く、頑は石の如し。識るべし、天民はこれ幸民。
──私はまた自然を愛する身に戻った。俗塵を去って安らかである。黄の子牛の如く健康で石のように頑健である。天民は本来自由の民なのである。
[左隻]
鮮衣炫路轎生風 名刺争投紅袋中 老我如今無此事 寫詩僅署七十翁
老顚醉墨与君看 飛電驚蛇競筆端 腕力于今猶健在 一揮千紙未為難
乗興時々貎墨君 不關形似主精神 此君元號青嵐帚 足掃人々胸臆塵
鮮衣路に炫かがやいて轎かご風を生ず。名刺争い投ず、紅袋の中。老いたり我如今、此の事無し。詩を写して僅かに署す、七十翁。
──晴着が道に映え、駕籠が風を切って走る。名刺受の赤い袋にさかんに名刺が投げ込まれる。老いた私にそれらは無縁、ただ家で静かに詩を書いて七十翁と記すのである。

老顚の醉墨、君に与えて看せしむ。飛電驚蛇、筆端に競う。腕力今になお健在。一揮千紙、未だ難きと為さず。
──老いぼれが酔ったうえでの書を君にお目に掛けよう。飛電、驚蛇が筆端に競っているようであろう。腕力はなお健在、一気に千紙に揮毫することはまだ困難でない。
 
興に乗じ時々墨君を貎ばくす。形似に関せず、精神を主とす。此君しくん、元と号す。青嵐帚、人々、胸臆の塵を掃うに足る。
──興に駆られて時に墨絵を描く。形より心を主要とする。竹はもと青嵐の箒と号していた。胸中の塵を掃き清めるからである。

『詩聖堂詩集三編』巻十「丙申元旦作」六首(詩集とは順不同)

詩画屏風 2

[右隻]
石兄与竹弟 同結歳寒盟 蕭灑与堅重 難弟又難兄
青士々人友 墨君々子師 得此師友助 何俗不可醫
欲識筆端妙 宜向三冬看 風雪摧萬木 此君獨平安
石兄と竹弟と同じく歳寒の盟を結ぶ。蕭灑しようしやと堅重と、弟ていたり難く、また兄けいたり難し。
──石の兄と竹の弟と、困苦にも頼りあう盟約を結んでいる。瀟洒と堅重と。どちらが弟、どちらが兄と決めがたい。

『西遊詩草』巻之上

青士、士人の友。墨君、君子の師。此の師友の助けを得て、何の俗か医いやすべからざらん。
──竹は君子の友であり、水墨画の竹は君子の師である。この師と友の助けを得たら、癒すことのできぬ俗心はない。

『詩聖堂詩集二編』巻二「竹」の第二

筆端の妙を識らんと欲せば、よろしく三冬さんとうに向かって看るべし。風雪、万木を摧くだき、此君しくん独り平安。
──筆遣いの妙を知りたいなら、冬の時節、竹を見たらよい。風雪が万木を痛めつけているなかで竹だけは安らかである。

『詩聖堂詩集初編』巻十「墨竹」二首の第二

[左隻]
一叢緑参差 堪束以為箒 不啻掃塵埃 足除胸中垢
赤日行天處 清影満地時 新梢龍起蟄 密葉鳳来儀
桃李競春風 妍々顔色足 何如蕭灑侯 不改四時緑
一叢、緑参差しんし。束ねてもって箒ほうきとなすに堪えたり。啻ただに塵埃を掃くのみならず、胸中の垢あかを除くに足る。
──一叢の竹が不揃いに茂っている。その枝先を束ねて箒ができる。その箒は単に塵埃を掃きとるだけではない。胸中の垢まで取り除いてくれるのである。

『詩聖堂詩集初編』巻2 「画竹」6首の第六

赤日せきじつ、天に行く処、清陰、地に満つる時。新梢、竜、起蟄きちつ、密葉、鳳おおとり、来儀らいぎす。
──太陽が天をわたるところ、竹の爽やかな影が地面に広がる。新竹は竜が目ざめるようであり、茂った葉には鳳凰がやってくるかと疑う。
[註]赤日とは赤く輝く太陽のこと。起蟄は土中から姿を現すこと。来儀は来ることの尊敬語

『詩聖堂詩集二編』巻2 竹3首の第三

桃李、春風に競う。妍々として顔色足る。何ぞ如かん蕭灑侯の、四時の緑を改めざるに。
──桃や李の花が春風に咲き競っている。まことに美しい。しかし、蕭灑侯といわれる竹が四季を通して緑の変わらないさまには及ばない。

『詩聖堂詩集二編』巻2 竹3首の第一詩集と異なるところがある

作品は「江戸民間書画美術館 渥美國泰コレクション」より

参考文献:『大窪詩仏展 江戸民間書画美術館 渥美コレクション』