史料 宮田川の水質問題について

1960年代、所得倍増計画、新産業都市の指定によって産業の発展が著しく進む一方、水俣病・イタイイタイ病・四日市ぜんそくなどの生産活動による被害が広がり、大きな社会問題となった。それに対し、不十分ながらも1967年8月公害対策基本法が公布された。当時、日立市入四間町や十王町高原の水田でのカドミウム汚染米の問題も大きく取りあげられていた。

史料内容細目


史料について

[本文]

1 公害問題に対する当所の基本的姿勢

当所の公害に対する基本的姿勢は,一言にして云うならば「大煙突精神」ということができましょう。

ご高承の通り、社祖久原翁が明治38年当山を開山されましたときの基本理念は,当山および付近一帯の地に,労使の相剋もなく,事業と地域社会との対立のない桃源境を建設することでありました。

久原翁のこの理念は,歴代所長ならびに幹部によって誠心誠意かつ積極的に実践され,現在当社の労使関係ならびに地元との共存共栄,友好関係の基盤となっていることにつきましては,多くを語る必要もないことと思います。

公害問題につきましても,創業当時からこの基本理念に基づき,公害の原因に対する科学的究明を行ない,除害設備の研究改善に精魂を傾け、社運を賭した大煙突の建設をはじめ,各種の除害設備の設置や植林等に意を注ぐ一方,発生した公害に対しては,道義的精神に立脚して,誠意をつくして補償を行ない、生活環境の保全と地域社会との共存共栄に尽力したため地域社会との関係は友好的に保持されて来ましたことはご高承の通りであります。

2 宮田川水質改善の経緯

明治38年当所創業の頃には,宮田川の川水は若干のかんがい用水と精米用の水車用水として利用されていましたが,坑廃水によって生ずる公害を防止するため明治44年から大正6年にかけて流域の耕地を買収あるいは賃借して都市化の促進に努めた結果,今日では宮田川の川水は,かんがい用水として,あるいは飲料用水としては,まったく利用されていない実情にあります。したがって宮田川の坑廃水による問題は,現実的には,宮田川河口海域における漁業に対する影響と,流域の美観を損ねるという点にしぼられたと云えましょう。

第1の点,すなわち河口周辺の海草,貝類および沿岸棲息の根魚に対する影響に関しましては,漁業組合と誠意をもって折衝の結果,大正3年に相当高額の補償見舞金を支払い,平和裡に永久解決をみております。

その後においても,昭和28年と昭和38年にそれぞれ応分の漁業助成金を拠出し,きわめて円満に友好関係を保持し,今日に至っております。

編集郎 当所の場合、問題ないとおっしゃる根拠は何なのでしょうか。

第2の点,すなわち宮田川流域の美観を損ね,生活環境を悪化しているという点に関しては,これが根本的解決を図るため,昭和40年4月頃(まだ水質による公害問題が大きく取り上げられていなかった頃)から選鉱の廃滓を利用した軽量骨材製造の研究を積極的に推進し,今年4月技術的には一応の成功を収め,この企業化が行われた暁には,宮田川の汚濁は著しく減少することが期待されましたが,市場やパートナーの問題等により企業化には,なお数年を要するものと考えられております。

3 宮田川の現状

3-1 適用法令ならびに水質基準

昭和24年鉱山保安法が制定され,鉱害の未然防止のための関係施設は,あらかじめ鉱山保安監督部長の認可を受け,かつ落成検査を受けた後でなければ使用できないことになりました。

一方茨城県においては,昭和41年12月に「茨城県公害防止条例」が制定公布されましたが鉱山は除外され,従来通り鉱山保安法がそのまま適用されることになりました。

しかしながら県条例より除外されたからといって,まったく関係がないということではなく,当所も地域社会の一員として,他の工場や地域住民と協力して公害の防止に協力してゆかなければならないと思います。

昔はかんがい用水と精米用の水車用水として利用されていたこともあったのですが、その後坑廃水 による鉱害を未然に防止するため流域の都市化を進め、現在宮田川の水を使っているところはまったくありません。したがって川の沿岸で問題を生じている他の河川の場合とは、事情が大変にちがうということです。

適用法令の関係は以上の通りでありますが,最近特に問題になっている水質に関する東京鉱山保安監督部および県条例の基準を表示すれば次の通りです。

保安監督部(全量)  県条例(溶存)
Cu 5.00ppm 3.00ppm  A.B水域(河川水域)
Pb 1.00〃 1.00〃    〃
Zn 10.00〃 5.00〃    〃
As 1.00〃 0.50〃    〃
Cd 0.01〃
(飲料に供されるとき取水先における基準)
3.00〃   C水域
(港湾及び沿岸海域)
(注)A.B水域については基準なし
PH 5.8〜8.6( 〃 ) 5.8〜8.6 A.B水域

3-2 宮田川水質の現状

上記基準に対し,宮田川坑廃水の水質は,若干上廻ったものもありますが,現在もっとも社会問題化されておりますカドミウムに関する現状は次の通りです。

宮田川には,選鉱場,製錬,電錬硫酸等各所より排水されておりますが,当所の責任限界点として,電錬下の橋下橋地点を基準にして今後水質調査を行い,また改善効果の測定も行なうことに保安監督部との間でも了解がついておりますので,橋下橋の地点におけるカドミウムの,濃度を申しますと

昭43.10.22 検査のとき 0.050 ppm(全量)

昭44.6.17   〃   0.067 〃  (〃)  となっております。

(注,保安監督部と共同検査した際のもの)

一方カドミウムの濃度に関する基準については,一般的にはまだ規定されておりませんが,現在法定されたものおよび運営基準となっているものを記すれば次の通りです。

となっております。

宮田川の水は前述の通り飲料用水としても,かんがい用水としても,利用されていないため利水地点としては海が考えられるわけです。

したがって上記の通り橋下橋地点におけるカドミウムの濃度は0.050〜0.067 となっておりますが,利水地点である河口における県条例の基準3.00ppmよりはるかに低く,かつ海に放流された後は,何十倍何百倍にも薄められるため,水道法の基準や水産庁の基準よりさら低くなります。(仮に新聞紙上県公害課の分析結果として報道されてるような0.1ppmにしても同じことが云えます)

また,さる9月16日付で,厚生省は「カドミウムによる環境汚染暫定対策要領」(注2参照)を都道府県知事宛通達しましたが,それによると「川水に薄められる前の排水中のカドミウムは通常0.1ppm以下であることが望ましい」とされており,この指導指針に照らしても「望ましい基準」以下であると云えます。

以上の通り数学上より判断しても,直接的,間接的に人体に影響することはないものと考えます。

カドミウムは亜鉛に随伴して存在するものですが,亜鉛は地球上に存在する金属類の中で鉄と共にきわめて広く分布されているものです。

したがって,岩石,土壌,川水,坑内水の中には多少の差こそあれどこにも存在するものです。また魚,野菜,穀物の中にもそれぞれ含有されておりますが,厚生省の公害関係委員でカドミウムの権威であります喜多村博士の調査では,次の通りになっています。

市販の魚   11例の平均  0.012ppm〜0.006ppm

 〃 野菜   3 例の平均   0.21ppm〜1.2ppm

(注2)

さる9月16日付で厚生省は「カドミウムによる環境汚染暫定対策要領」を統一指導指針として各都道府県知事宛通達しましたが,それによると

4 宮田川水質改善計画

宮田川水質改善について,当所としては,大煙突精神にのっとり水による公害問題が大きな社会問題となる以前から,自主的に軽量骨材の製造による抜本的改善等を研究し,技術的には成功したが,これが企業化にはあと数年を要する見込みであることは前述の通りであります。

一方東京鉱山保安監督部より,軽量骨材製造による水質改善計画は了とするも,現在の社会情勢下では時期的に遅すぎるとの見解もあったので,当所が鉱害に対して培って来た精神基調に,さらに近代感覚を盛り込んだ改善計画を自主的に検討の結果,排水地点のうち重点箇所に対する改善計画(沈澱池,中和設備の新増設等)を策定,さる8月25日東京鉱山保安監督部宛提出し,目下監督部において検討中であります。

これらの改善設備には約1億円を必要としますが,実施効果としては濁度を初め各種金属はおおむね半減することが期待されます。(改善計画は大部分44年度追加新営として本社に提出する予定で,可能なものより遂次実施し,遅くも昭和45年度末までには全部完成する予定です)

5 結び

以上官田川水質問題に関し概略述べて参りましたが,われわれは,当所の諸先覚の偉大な足跡に対し感銘を新たにするとともに,後に続く者として,諸先覚の遺志を体し,今日重大々社会問題となっている公害問題に前向きに取り組み,大きなプライドと確固たる信念をもって公害問題に関し,指導的役割を果して行かなければならないと思います。


参考文献