史料 大正七年二月 日立鉱山鉱夫待遇施設視察報告書(上)
三菱合資会社吉岡鉱山(岡山県)の社員斎木三平が国内の鉱山における従業員の福利厚生施策について調査を行なった。日立鉱山にやってきたのは1918年(大正7)のこと。そして復命書として報告書が作成された。
本史料は、日立鉱山の鉱夫の労働条件と福利厚生について具体的に詳細に描いており、第一次世界大戦の好況下の日立鉱山の従業員(鉱夫)が置かれている状況を具体的に知ることのできるすぐれたものである。
史料目次
- (一)鉱夫の階級
- (二)賃金
- (三)貯金並に身元保証金
- (四)就業時間休憩時間並に休日
- (五)鉱夫募集
- (六)飯場規則
- (七)賞與並に扶助救恤
- (八)鉱夫長屋
- (九)日用品の供給
- (十)慰安設備
- (十一)浴場
- (十二)雑件
- 附録(日立製作所徒弟規則)
史料について
- ◦視察時期は、1918年(大正7)2月13日〜14日。これがまとめられた時期は不詳。
- ◦作成者は、三菱合資会社吉岡鉱山(岡山県)の社員斎木三平。なお三菱合資会社の鉱山部門はこの年1918年4月に三菱鉱業株式会社となる。
- ◦本稿は、左合藤三郎さんが所蔵する「鉱夫待遇施設視察報告書」の内、日立鉱山にかかわる部分について左合さんが筆写したものを翻刻したものである。
- ◦翻刻にあたって、縦書きを横書きに、原文のカタカナは「ひらかな」に、漢字の多くを常用漢字にあらため、適宜読点を入れた。
[本文]
日立、荒川、足尾各鉱山並びに日光電気製銅所に於ける鉱夫待遇施設視察報告書
大正七年二月十一日任地吉岡鉱山出発、左記日割に於て各鉱山及製煉所の鉱夫待遇施設を視察せり
十三日午後 日立鉱山
十四日全日 日立鉱山
十七日全日 荒川鉱山
十九日午前 日光電気製銅所
二十日全日 足尾銅山以下順を追ふて簡単に見聞事項を記述せんとす
第一 日立鉱山
盛夏海水浴客を以て賑ふ常磐線助川駅の西北□里余の処に在り、停車場事務所間に専用電気鉄道を敷設し、其中間に助川宿介在して小市街を形成す、土地平坦、鉱山地に普通なる山嶽の起伏する無く交通至便なり、使役工夫総数約一萬参千名なりと云ふ
(一)鉱夫の階級
鉱夫の階級左の如し
請負人夫—臨時夫—常傭夫—小頭—鉱夫頭
請負人夫は一時使役のものにして鉱業法規の適用外に属す、臨時夫と常傭夫とは共に鉱業法規の保護を受くれとも臨時夫は常傭に比すれば保護の程度薄く、且つ賃金は固定して昇級することなし、常傭夫は臨時夫余中より選抜し、契約年限は三年以上たるを要し、且つ
一 無教育のもの
二 家族の非常に多きもの
三 四十歳以上のもの
は選抜せらるを得ず、家族数と年齢とを条件に入れたるは救恤の危介を顧慮したるものにて、当山の実利主義を表明せる規定として一考の価値あり、尚臨時夫の扱は各課限りなれとも常傭夫は庶務課にて取扱ふ、小頭及ひ鉱夫頭は常傭夫中より任命し、配下の仕事に対し鉱夫の工数を増減する権限を有す(二)賃金
賃金は前月二十六日より其月二十五日迄の分を翌月十四日に支払ふ、昇給は臨時夫にはなし、常傭夫の本番賃金は年二回昇給し一回一銭を普通とし稀に二銭なることあり、勿論全く昇給せぬものもあり、鉱夫頭及小頭は六七銭より十二三銭を昇給するを普通とす、総鉱夫平均実収賃金は目下七拾銭位なり、時局による賃金の増額と認めべきものは珍事、手当なる名称のもとに男子に十銭女子に五銭を給与するのみにて、其外にはなく影響比較的軽微なり
(三)貯金並に身元保証金
全鉱夫に対し賃金月額の百分の五を強制貯金せしめ、解雇及死亡以外には絶対に戻さず、止むを得さる場合は形式上一時解雇のことゝして払戻す
常傭夫に対しては以上の外賃金月額の二十分の一を身元保証金として積立てしめ、解雇及死亡の外払戻しをなさず、但保証金額現在賃金の三十日分を超ゆるときは
一 本人の二十日以上の病気
二 家族の死亡又は一ヶ月以上の病気
三 非常の変災
四 其他止むを得さる場合
に限り其超過額を払戻す任意貯金は各自随意に払戻を受くるを得
強制貯金任意貯金及ひ身元保証金の利息は日歩二銭五厘とし、毎年五月及十一月末日に元本に組入る
(四)就業時間休憩時間並に休日
就業時間は昼夜業者は十二時間、鉱夫は八時間、支柱夫は午前六時より午後四時まで十時間とし、其他の昼間就業者は
一、二、十二月 自六時三十分至五時 十時間半
三、十月 自六時至五時三十分 十一時間
十一月 自六時至五時
四、五、六、七、八、九月 自六時至六時 十二時間
但女子は前記よりも始終各三十分宛遅参早引す
休憩時間は四季を通じて三十分間なり
休日は月一回にて別に定日なく随意休業せしむ
尚製煉夫缺勤せんとするときは前日午后三時迄ニ其旨届出つるを要し、無届欠勤者には罰金を科す(五)鉱夫募集
飯場頭をしてなさしむるも別に旅費手当等を支給せず、募集諸掛は一切飯場頭の自弁とし、鉱山は唯飯場頭所属鉱夫入番一人に付き坑夫支柱夫は四銭雑夫は二銭の手当を給するのみ、飯場宿料宿泊人への仕送り等一切鉱山より干渉せず、従て飯場頭は充分私曲を営む余地を有す
(六)飯場規則
現行飯場規則左の如し
飯場規則
- 第一條 採鉱係に於て坑夫飯場若干、雑夫飯場若干を置く
- 第二條 各飯場に一名の飯場頭を置く
- 第三條 採鉱係に使役する鉱夫は凡て之を飯場に属せしむ、但鑿岩機坑夫は此限りにあらず
- 第四條 飯場頭は採鉱係長之を命免す
- 第五條 飯場頭の職責は左の如し
- 一 鉱夫の使役又は退去願等を審査し必要と認むる件は之か取次をなすこと
- 二 鉱夫平素の行状勤惰に注意すること
- 三 鉱夫の居住家屋の貸付又は返戻に關する取扱方を取次くこと
- 四 前項の外坑夫に關する一切の取締
- 第六條 飯場頭には左の手当を給与す
鉱夫、支柱夫 出面一人に付 金四銭
雑夫 〃 金二銭
長屋持に対しては使役の日より二ヶ年間前項の手当を給与し、その後は給与せず- 第七條 飯場頭は所属鉱夫の脱走又は解雇の場合に於て事務所に対する損害金は之を弁償すべし
- 第八條 鉱夫飯場料は各飯場頭協議の上採鉱係長の認可を受くべし
- 第九条 飯場頭勤務時間は鉱夫頭の例に依る
以上
追加補則
- 一 飯場頭に給与する鉱夫の出工手当は自今当分の内飯場規則第六條第二項の制限に拘らずして之を給与す
飯場頭の待遇は鉱夫頭同様にして尚飯場頭は自ら労働せず(七)賞与並に扶助救恤
イ 皆勤賞与
定傭夫一ヶ月間皆勤せる場合は本番賃金二日分を給与す
ロ 勤續賞与
五年以上勤續の場合 十五工賃
七年 〃 二十工賃
十年 〃 三十工賃
ハ 解雇手当
勤續満一年以上の常傭夫を左の事項の一により解雇したる場合は解雇手当を支給す
一 契約満期により解雇したるとき
二 死亡、事業の都合又は疾病の爲業務に堪へずと認め解雇したるとき
勤続年数は雇傭の日より起算す、但数個の満了せる契約期間あるときは其年数は通算す、又継續雇傭したるもの其期日の満了に至らずして本人の便宜により解雇したるときは前契約の満了年数に対してのみ支給す、而して支給金額は左表による、但一年に満たさる端数は月割とし一月未満は除算す
勤続年数 一 二 三 四 五 六 七 八 九 十 給與率
(工賃)六、五 一四 二二 三一 四〇 五一 六二 七四 八七 一〇一 鉱夫頭並に小頭は右手当額に十分の五を加給す
ニ 救恤
扶助規則による救恤左表の如し、但等級の定めは鉱夫労役扶助規則第二十條の定める処による
等級 一等 二等 三等 四等 五等 葬祭料 二十円 不具廃疾者扶助料及遺族扶助料 二百円以上 百円以上 五十円以上 三十円以上 — 療養手当 賃金全額 同上 療養十日以内賃金の五割、十一日より二十日まで六割、二十一日より三十日まで八割、三十一日目より全額 療養費 実額 同上 同上 同上 同上 不具廃疾者扶助料並に遺族扶助料は一等にありては本人賃金の百七十日分、二等にありては百五十日分、三等にありては百日分、四等にありては三十日分を下ることを得ず
以上は業務上の傷病者に対する救済なるが、其他の場合における救済は共済会にてなし、鉱山直接には行はず
ホ 共済会
組織並に救済範囲程度等左の如し日立鉱山鉱夫共済会規約
- 第一條 本会は日立鉱山事務所員及鉱夫を以て組織す
- 第二條 本会は日立鉱山鉱夫及其家族を弔慰救済するを目的とす
- 第三條 本会々員を別て左の二種とす
- 一 通常会員 鉱夫頭、小頭、其他鉱夫名簿に登録せられたるもの
- 二 賛助会員 事務所員
- 第四條 通常会員にして職務上其他の不都合に所為ありて解雇せられたるものは之を除名す
- 第五條 本会の共済資金は会員の義捐金、醵出金及篤志者の寄附金を以て之に充つ
- 第六條 本会に左の役員を置き、事務を統理す
会長 一人 会務を総理す
評議員 五人 会務に参与す
書記 庶務会計に従事す
役員は総て名誉職とす- 第七條 会長は事務所長を推戴す
- 第八條 評議員及書記は事務所員の中より会長之を選定し、其任期を二箇年とす、但再任を妨けす
- 第九條 会長は通常会員中に委員若干名を常置し、鉱夫の生計上其他の状況を報告せしむ
- 第十條 本会々務の執行は評議員合議の上会長の承認を経へきものとす
- 第十一條 通常会員は金五銭を毎月醵出するものとす
- 第十二條 賛助会員は各自給料月額の二百分の一を毎月義捐するものとす
- 第十三條 弔慰救済の方法は左の区別に拠る
- 一 死亡者へ金拾五円
- 二 廃疾不具となりたる者へ金拾五円以内
- 三 家族死亡し葬儀を営むの資力なきものへ金五円
- 四 傷痍を受け又は疾病に罹り生計極めて困難なる者へは一家の人員に応じ一日一人に付金拾銭以内、但三十日に至れは止む
- 五 在職満三年以上四年未満にして退職したるものは金三円を付与し、爾後十年まては一年毎に金弐円、満十一年以後は一年毎に金参円を増加す
前項各號に依るの外其情状に依り一時限り金拾五円以内の金額を付与することあるヘし- 第十四條 前條第一項各號に相当する場合に於ても故意怠慢に基因し若しくは除名處分を受けたるものなるときは共済金を付与せす
附記
通常会員の醵出金は各自毎月の義務貯金中より支払うことを得、其貯金額拾銭に充たさるものは醵出の義務を免かるるものとす
尚通常会員及び賛助会員の醵出金総額と同額丈を別に鉱山より補助するものにして、現今にては一切の費用を差引き毎月約三百円位宛余剰を生じつゝありと云ふ
以下、(下)につづく。