小正月の思い出

村田 昌 日立市大和田町田中内

正月の行事といえば、この辺では元旦に雑煮を食べない家がありました。年が明けると「若水汲み」と言って、新しい手桶で井戸から水を汲んで来て、湯を沸かしお茶をたてます。その水を、ご仏壇にお供えし、神棚にもお神酒をあげて、いろり端に家族が集まり、新年のあいさつをして、その年初めてのお茶を飲むわけです。その後で餅を食べるのですが、そのときに私の家では、「正月三か日は雑煮も食べてはならん」といい、塩豆につけた餅を食べていたものです。これは、「今年もマメで達者に働け」ということです。よその家では、わらみのにはだしという野良姿で餅を食べるというところも.ありました。家々でこのように家令(その家の定め)が決まっていたのです。こんなことも、ものの無い時代のことで戦後はすたれてしまいました。

11日は、「百姓のはじまり」でした。朝暗いうちから田畑に出かけて、松にお弊束(へいそく)をつけたものと半紙にあられもちと米を、早稲(わせ)、中稲(なかて)、晩稲(おくて)と置いておき、各々にくわをたてたあと、大声で「カラース、カラース」と呼び、からすがどれを食べるかを見たのです。食べたところのもので、今年はなにを植えるべきかを占っていたのです。そして、これがすんでから雑煮を食べることができました。

小正月は14日ですが、この日は朝早くから餅をついて、「まいだま」をつくりました。まいだまは、餅を木につけてうすにしばりつけて土間に飾っておくものです。餅の形は、そばの実の形をした三角形やあわ・ひえの形をした丸形、そして短冊形などを作ります。色も赤や青などを使うところもあります。小さなまいだまを作って田の神さま、ダイジゴさま(大神宮様)、歳神さまにも飾りました。歳神さまには12本あげました。

14日の夜には、「鳥追い」がありました。家の土間に近所の子供たちが集まり、餅を焼いて食べたり、ベツタラこんにゃくや煮しめなどを食べて、夜遅くまで遊ぶんです。東小沢の方では、久慈川の河原にわらで小屋を作り、その中で火をたいて遊んでいました。今では、そんなことをやっているところはもうどこにもないでしょうね。

(写真・小正月につくる「まいだま」) 【写真略】

日立市郷土博物館『市民と博物館』第12号(1983年)