円高不況と下請け関係の変化

神谷 拓平

早稲田大学社会科学研究所労働間題研究部会による調査の一環として八八年から八九年にかけて日立市中小製造業を対象とした調査を行なった。この調査では親企業日立製作所とその下請け中小企業とのいわゆる「親子関係」の社会的関係の側面に焦点をあわせている。

(1)「親子関係」の特徴

「企業城下町」日立における工業形成の基本的特徴は、中小工業群が地域の唯一の大企業である日立製作所の発展とともにその下請企業として育成、発展、蓄積されてきたことにある。つまり、中小製造業にとっては仕事を出してくれる大企業は日製1社しかなく、日製にとってみれば自ら育成、蓄積した地元の下請企業群に代わる工業集積はない。親子関係の基本的特徴もここから来る。すなわち、第一に、下請け企業が親企業に依存しているというだけでなく、「下請け企業あっての日製」といわれるようにすぐれて相互依存的関係であるということ、第二に、関係が長期にわたっていることである。

もちろん、関係が相互依存的であるといっても個々の協力企業が親企業よりも弱い立場にあることはいうまでもない。しかし、親企業と下請け企業の長期かつ継続的な接触のもとで、しばしば「親子関係」と表現される、「子は親のいうことをきき、親はいうことをきく子を守る」という関係を形成してきた。日立工場資材部からの聞き取りでは「親工場として協力会社の経宮に責任をもっている」、「協力企業から倒産が出るのは問題が多い」という言葉が聞かれた。また、これまでにも絶えず存在した技術変化や製品構成の変化にさいして、対応する技術をもった新たな企業に発注先を変えるのでなく「外注先そのものは変えないで、(既存の発注先を)その(技術)レベルにする」というやり方がとられてきた。

(2)外注企業への指導・援助

アンケート調査によれば一次下請け企業が日製から受けている指導・援助の内容は、「技術指導・援助」(50%)、「情報提供」(50%)、経営指導」(25%)、「技術者派遣」(24%)など多岐にわたっている。一般に、親企業による下請け企業の指導、あるいは強化・再編について論じられる場合、しばしば、優良下請けに対する育成と管理の強化、そうでない企業の「切り捨て」というイメージをもって「選別的重点育成」が強調される。日立ではどうなのか。外注企業をいわゆる「協力企業」と「一般一次下請け企業」とにわけてみても「技術援助」などにあまり差はない。しかし、協力企業、一般一次下請けそれぞれをさらに技術水準の自己評価によって分けてみると、技術水準が低いとしている企業にむしろ「技術援助」などが多い。技術水準の低い企業のレベルを引き上げていくということであろう。円高不況を契機に日製は下請け企業に対する生産技術指導をいっそう強化しつつあるようだ。

一方、設備投資の指導の面では、より進んだ技術の導入や合理化に結び付く設備投資は一般的な意味では奨励されるのだが、「経営に責任をもつ」というスタンスから、協力企業が過剰な設備授資によって経営の不安定を来たすのを避けようとする。深刻な不況のさいには外注企業の投資を全般的に押え気味にするような指導が行なわれることもあるようだ。このことが日立市における中小製造業の技術的立ち遅れをもたらしているという見方もある。

(3)円高不況とその後

不況のさいには親工場は発注する仕事が減れば「よそから探してきてでも(外注企業に)仕事を回す」こともやる。「経営に責任をもつ」という保護の側面である。しかし、その一方で、外注企業の自助努力、「自立」をうながす動きも強くなってきている。急速な技術革新のもとで親工場が成熟分野から新しい分野に比重を移そうとしても、日立地区にはその新しい製品に対応できる生産技術力をもつ外注企業があまり育っていないという問題がある。そして外注企業に技術力をつけるためには親工場からの援助ばかりでなく、外注企業自身の積極的な努力が必要であるが、これまでの親子関係がそうした主体的な努力を引き出すにはあまりに微温湯的だったという認識が親工場にはある。「外からの仕事も取れるような技術力をもて」というのが「自立」の意味である。「自立」によって日製への依存度は低下するけれども、親工場にしてみれば、そこには「外(日製以外との取引)を知ることによって日立製作所の要求の正当性、無理からぬところを知ってほしい」(資材部)という意図が込められている。

『日立の現代史の会通信』 第31号 1991.10.5