聞きがたり 茨城の炭礦に生きた人たち

目次

凡例
一 櫛形地区
満州から櫛形へ … 森 重喜
サハリン(樺太)の炭礦から櫛形へ … 小柳恒次
櫛形の鉱員組合と職員組合 … 竹田精孝
戦後の櫛形炭礦と労働組合運動 … 新井 隆
支柱の仕事と盤圧 … 柏彦
二 秋山・高萩地区 上手綱地区
飯場の経営と坑夫たち … 小森忠義
合宿所のねえさん … 小森とめ
秋山炭礦の社会と坑夫の生活 … 石和豪傑
女後山の生活 … 石和リツ
高萩炭礦の採炭・選炭技術と鉱害 … 加藤安吉
女後山苦労ばなし … 小室安枝
千代田炭礦の社会と戦後の坑木出し … 作山義二
三 南中郷地区
炭礦の母親と臨時夫のズリアゲ … 仁田 登
戦後常磐炭礦中郷坑の技術と労働 … 圷 栄一
労務畑からみた戦後の炭礦 … 土屋三男
四 大塚地区
炭掘り一筋三五年 … 平岡惣一
掘進夫一筋の炭礦生活 … 丹能幸蔵
オカの運搬夫 … 赤妻熊吉
重内炭礪の女後山の仕事 … 塩山マツ
職員の妻として … 山野辺ミキ
戦後の重内炭礦と閉山事情 … 塩山和吉
山口炭礦の経営 … 山口 浩
五 華川地区
唐虫炭礦のヤマサツと戦中戦後の炭礦労働 … 鈴木 利
女後山 … 佐久間イソ
ノビの女後山 … 大竹ハルノ
帝国炭業の現場員 … 相馬喜志郎
労働運動とキリスト教の伝道 … 横倉農夫
職員の娘が体験した唐虫「暴動」 … 横倉静子
唐虫炭礦の坑内労働と習俗 … 村田照雄
丸真炭礦の坑内労働 … 千葉由美
六 関本地区
炭礦の機械屋さん … 斎藤 貞
トロ押しから職員に … 海老名宇八
解 説
付 表
あとがき

まえがき

私達の研究会は、閉山となってすでに久しい炭礦地帯を訪れて炭礦労働の体験者はもちろん、炭礦関係者の話を聞き、記録することを目標として発足した。そうしたことを始めるに当たっての私達の思いや、その実施の経過などは、さきに刊行した『新聞記事にみる茨城地域の炭礦と社会 明治大正編』の序文等に記しておいた。

本書はそのような私達の主要な活動の成果をまとめたものである。私達が聞き手に徹し、炭礦関係者が語ってくれた話の記録である。

私達が聞き手としてもっとも注意を払ったことは、聞きたいと思う事柄を初めから狭く限定しないで、できるだけ広く、話者がものごころつくころから現在に至るまでを話者自らの言葉で語ってもらうようにしたことである。とはいっても、無制限に時間があるわけではなく限られた時間のなかでの勝負であるから、結果としておのずと聞きたいと思う事柄により多くの時間がさかれることになる。要は、その話者からとくに聞きたいと思う事柄を・話者のこれまでの人生全体のなかに位置づけて理解しようとする配慮が必要なのである。そうして初めて、話者の語りをより正確にし、私達自身もそれをよりよく理解することができるはずだと考えるのである。したがって私達は、一見身元調査風ではあっても、生年月日に始まって、小学校入学、就職、徴兵検査・入営、結婚、出産などの、話者の人生の節目ともくされる事柄には一通り触れるようにした。また、それらの節目は話者の語る事柄の時期を正確にする手段でもあるので、聞きがたりの過程では絶えず立ち返るように心掛けた。

私達の話者は、何か特異な体験をした人、特別に能力のある人、あるいはものを書き発表している人というのではなく、ごく普通の生活者であるといってよい。炭礦に関係したということでは確かに特異な体験をし、特別に能力のある人、といえるかもしれないが、それは農業に携わった人が特異な体験をし、特別に能力のある人、というのと同じことである。つまり、普通に、平均的に炭礦に関係した人、したがって日本の炭礦を支えていた大多数の人達が私達の話者なのである。

中央にいて、巨大な資本を動かし、企業を起こす人も、優れた能力によって様々な技術を開発する人も、炭礦の存在にはいうまでもなく不可欠だが、同時に、地元にいて中小零細な炭礦を経営したり、また大多数の、おそらく炭礦の歴史には名前をとどめることのない働く人達もまた炭礦を支えてきたのである。しばしば、前者についてはいろいろな記録が残されている。それはもちろん、炭礦の歴史を考えるうえで貴重な資料であることに変わりはないし、後者の姿を反面から写しだしてもいる。それに比べれば後者それ自体の記録は、皆無ではないにしてもきわめて少ない。その記録や資料がもっと揃わなければ、炭礦の歴史を考える材料としては片手落ちなのではあるまいか。私達が炭礦関係者の話を聞こうと考えたのも、この後者に関する記録を作ろうということに外ならなかった。

さて、そうした活動の成果はこれまでに、「県民の生活聞き書き集」(県民の生活を記録する委員会編)という小冊子に発表してきた。本書に収録したもののほぼ半数はこの「聞き書き集」からの転載である。他の半数はまだ活字になっていない未発表のものである。

ところで、「聞き書き集」では、聞き手である私達の質問等も簡略にではあるが示して、私達が聞き、話者が語るという作業の過程をできるだけそのままに残すという表現形式をとっていたが、今回転載するに当たっては全体を大幅に圧縮するとともに、表現彫式も変えて、聞き手の質問等を削除し、どうしても必要なそれは適宜に( )を用いて処理し、原型の精神を損なう事なく全体を話者の語りとして通すように加工した。このように処理した主たる理由は、適当な厚さの一冊の本にまとめあげねばならないという要請によっているが、内容的にはいささかの変化もないことをお断りしておきたい。

本書のタイトルに銘うった「聞きがたり」という表現は、茨城大学の東敏雄氏が茨城県勝田市の市史編纂の過程で考え出されたものである。その意味内容は、氏が最近公刊された『聞きがたり農村史—大正から昭和初年の農民像』(御茶の水書房)に簡潔に記されているのでそれを参照して戴ければ幸いである。その主張は氏のここ数年来のものであり、この間の私達の実践の基本的な指針でもあった。かねがね、私達は自らが編纂した小冊子に「聞き書き」と付したことについて、聞き手である私達の主体性のみが浮き上がっていて、このタイトルからは話者のそれが表現されていないと感じて来た。それが、「聞きがたり」ならば、語る主体としての話者の姿がはっきりと浮かぶ。しかも、「一人がたり」と違って、聞き手との緊張関係のなかでの語りであることも明示される。私達の考えていることがまさにズバリ、表現できる便利な用語だ、と思ったのである。そしてこの用語の内容を表現形式の上で示していたのが、私達の「聞き書き集」であった。さきに述べた理由によって、本書ではその表現形式に手を加えたのであるが、実質的なその内容によって、本書のタイトルに「聞きがたり」を冠することにした。

最後になったが、私達聞き手のぶしつけな、ある場合には身元調査的な質問に、長時間にわたって辛抱していただいた話者の方々に深く感謝申し上げる。今日の時点ですでに物故された方もおり、紙上を借りてご冥福をお祈りする。本書はそうした話者の方々と私達の合作の書であることを、改めて確認しておきたい。

一九八九年九月 炭礦の社会史研究会