ギャラリー展 戦災と戦時下のくらし


木炭バス
国民学校尋常科(現在の小学校)の生徒が描いたクレヨン画


行軍
国民学校尋常科の生徒が描いたクレヨン画


海軍記念日
国民学校尋常科の生徒が描いたクレヨン画

と き
2004年7月6日(火)–9月5日(日)
観覧料
無料

展示資料

16点 会期中の8月10日に資料を入れ替えます。

ギャラリー展

2階の通路空間に、歩くのに邪魔にならないように資料を展示します。いろいろ制約があって、たくさんの資料を展示できませんが、博物館の前を通りかかったとき、ちょっとのぞいてみようか、そうした気分で立ち寄ってみてください。

内 容

日立市が空襲を受けてから59年がたちます。

1930年代、中国への侵略を拡大していった日本。それにアメリカなどから非難の声があがり、日本との対立が深まります。日本は1941年12月8日アメリカ太平洋艦隊へ攻撃を加えました。真珠湾攻撃です。東南アジアにあった欧米諸国の植民地への攻撃も同時になされました。太平洋戦争の始まりです。当初、勝ち続けた日本軍は半年後の42年6月のミッドウェイ海戦以後敗退を続けます。

この間、産業活動と国民生活のすべては戦争遂行に注がれました。そのことは展示されている小学生の作文や絵にみられるように教育にもあらわれています。

日立市域は1945年(昭和20)6月10日と7月17日・19日にアメリカ軍機及び艦隊による攻撃を受けました。それによって1500人を超える市民(軍人ではありません)が犠牲となりました。

そして翌月8月15日、日本の敗北(無条件降伏)によって戦争は終わりました。

そんな時代の資料が展示されています。

戦後、日本は国際紛争解決のために武力を行使しない—軍隊をもたない国として国際社会の中できわめてユニークな存在であり続けました。それは60年前の日本国民の体験がそうさせていたのだと思われます。