諸国鰹節番付 — 量ではなく質 —
目次
- 江戸後期の鰹節評判
- 史料 大正初年久慈郡の品質改良案
- 史料 鰹節位評判—諸国鰹節出所番付—
江戸後期の鰹節評判
江戸時代の「諸国鰹節出所」という木版刷りの見立て番付がある[1]。これは1959年刊『日立市史』413頁に図版が載っており、その説明に
文化・文政のころのものと考えられる「諸国鰹節出所番付」には、大関の土佐の各漁場に交って、前頭として河原子・大瀬(会瀬)・川尻の名が見えている。…日立地方海岸各村の鰹節製造も、ある程度広く知られていた
とある。この「ある程度」という微妙な言い回しに今になって気付く。というのは日立市域の鰹漁はさかんで、鰹節の生産も番付に載るほど盛んだったと理解していたからである。
あらためてこの番付を見ると、番付枠の外に「かつほぶし位評判」[2]とある。つまりこの出所番付は江戸で扱う鰹節の産地別品質等級を表している。
この見立て番付を紹介しよう。なお番付は末尾に全体を表にして示した。
行事役に伊勢国阿曽浦(三重県度会郡南伊勢町)、阿波国牟岐浦(徳島県海部郡牟岐町)など8浜がたち、世話所に6浜。
売捌に名を出すのが江戸小舟町の鰹節問屋。江戸小舟町は八町河岸のひとつとして有力商人が店を構えた。この一丁目河岸には鰹節や塩干魚問屋が多く立ち並び、鰹河岸ともよばれたという。
大関以下128の生産地がとりあげられ、東の大関は土佐国の清水、西の大関が同じく土佐の伊佐。大関をはじめ東西の1段目の16浜中土佐の15浦がならぶ。ついで2段目以降は、薩摩、伊予、紀伊、伊勢、伊豆、駿河(静岡)、安房、上総の浜々がきて、最下段の5段目に仙台や南部、岩城とならんで常陸の六つの浜がおかれる。湊、平磯、河原子、会瀬、川尻、大津である。これらはすべて水戸領である。
順に並べると、土佐—薩摩—伊予—紀伊—伊勢—伊豆—駿河—安房—上総—銚子(下総)—仙台・磐城(陸奥)—水戸(常陸)—南部(陸奥)となろうか。
- [註]
- [1]日立市郷土博物館蔵
- [2]鰹は平仮名で「かつを」とされることが一般的だが、江戸時代には「かつう」「かつうを」そして「かつほ」と表記されることがある。
常陸国の鰹節生産地
もうひとつ鰹節の見立て番付がある。文政5年(1822)の「諸国鰹節番附表」である[3]。これには行司(紀州・志摩・阿波・土佐の7浦)・世話方(土佐・伊予・肥後などの5浦)・勧進元(紀州日向と加太の2浦)を含め122浜が登載されている。常陸国では東は水木・大津・河原子・平潟、西は会瀬・湊・川尻・久慈・田尻・磯浜の順に並べられている。
生産地のすべてが取り上げられているわけではないだろう。番附は紙幅が限られており、評価の低いものは行司によって取捨選択されているにちがいない。
ふたつの番付[4]から常陸国の鰹節生産地を書き出すと(太字は両方に記載あり)
磯浜・湊・平磯・久慈・水木・河原子・会瀬・田尻・川尻・大津・平潟
となる。鰹節の生産地(=鰹漁がある)は茨城県北部(水戸領)に限られ、大洗から北茨城までのほとんどの浜で鰹漁がなされ、鰹節の生産がなされていたことになる。
- [3]山本高一『鰹節考』(筑摩叢書)p.101掲載図版。筑摩版は、昭和17年(1942)2月に水産社から出版されたものを改版し、表記なども改めてある。
なお前掲の『日立市史』はこの山本の水産社版を参考文献にあげている。執筆者は水戸領の鰹節の評価が低いことをこの本によって知った。評価が低いものをあえてとりあげることはない、という意見もあったにちがいない。それゆえ「ある程度知られていた」という表現になったのであろう。 - [4]二つの番付の違いは、制作時期のほかに制作者である。江戸後期のものは売捌に名をだしているのが江戸の鰹節問屋、文政5年の番付では勧進元が紀州の日向と加太となっている。このことから前者は江戸市場、後者は大坂市場で頒布されたものではないか。推測です。
常陸国の鰹節の品質は
残念なことだが、二つの番付によっても常陸国の鰹節の江戸・大坂市場での評判はかんばしくない。
その原因は。時代がくだるが、大正5年(1916)の久慈郡役所編『久慈郡是』(書誌事項は下記の「史料 久慈郡の品質改良」に示した)の指摘を紹介する。明治末から茨城県は産業の振興を図るため、県内各郡において各産業の実態を調査し、その改良方針を定めた。郡是というものである。
そのなかに鰹節について「今最も進歩せる静岡・高知の製品と比較し」て、以下製法上の欠点をあげる。
(1)鰹の切り方が整っていない
(2)煮詰め方が不完全
(3)乾燥が不十分
(4)削り方(整形法)が粗雑
(5)黴が付いていない
そして「製造の技術拙劣なれは市場に於て土佐、静岡、薩摩節に比し價格の廉あるは又自然の結果なり」と。
久慈郡において漁業を行なっているのは久慈町のみである。したがって「久慈郡是」の指摘は久慈浜産の鰹節についての指摘である。しかし製造技術上の欠陥は久慈浜だけの問題ではない。茨城県の各浜における鰹節生産に共通したものであることが、江戸時代の見立て番付から想定できるのである。
上記(1)から(5)について、土佐や薩摩では江戸後期には達成していた。茨城県においては半世紀を経ても遅々として改良は進んでいなかったのである。
茨城の鰹節
茨城の鰹節は大正初年においても改良が進んでいなかった。史料が見つけられる明治14年以降の鰹節生産をめぐる問題については別途紹介の予定である。
史料 大正初年久慈郡の品質改良案
『茨城県久慈郡是』における鰹節改良についての全文を次に紹介する。
史料について
- ◦資料名:茨城縣久慈郡是
- ◦成立時期:大正5年(1916)4月16日発行
- ◦編発行者:茨城県久慈郡編 茨城県久慈郡役所発行
- ◦活版印刷
- ◦国立国会図書館デジタルコレクションで見ることができます
第二編 郡是事項
(中略)
二、水産製造物の改良
製造物は已往十ヶ年以前に比すれは改良発達せし点鮮やからさるも、其の最も多額を算出する鰹節製造法に付ては未た遺憾の点尠からさるは斯業の為惜むへき次第なりとす、今最も進歩せる静岡高知の製品と比較し其の欠点を挙くれは
(一)生切不整なること (二)煮熟の度不完全なること
(三)乾燥全からさること (四)削方粗雑にして形状整へさること
(五)黴付不充分なること
等なり、生切りは鰹節の形状の基礎をなすものにして削方と相俟つて其の品位を高むるものなり、其の切方及削方は可成的自然の形状を損せさるにありて、土佐、静岡等は能く其の目的に適ひて製造すと雖、本郡産は頭部及尾部に於て其の切方の程度を失ひ、且つ削方に於て往々庖刀の達せさる箇所例へは節面の凹所若は欠陥部あるか如し、斯る處には害虫自然に飛ひ来りて放卵し更に穴を穿ち為に其の品位及重量を減せしむるのみならす其の凹所若は欠陥部には融出したる肉中の脂肪残存し味を不良ならしむ、近年次第に改良を加へたりと雖未た改善充分ならす、元来鰹節は食用に供せらるゝものなるも又贈物用として多くの儀式に応答せらるゝものなれは形状の如何は価格に大なる差異を生すへきは自然の理なり、煮熟の方法に付ては近来大に改善したりと雖乾燥は概して不足にして水分多く黴付又完からさるなり
以上の如く製造の技術拙劣なれは市場に於て土佐、静岡、薩摩節に比し價格の廉あるは又自然の結果なりとす、其の他の製造物に就ても尚苦心努力を要すへきものあるを以て講習会又は講話会を開き或は先進地を視察し益改良進歩を圖るは刻下の急務なりとす
史料 鰹節位評判—諸国鰹節出所番付—
史料について
- ◦史料名:かつほぶし位評判 諸国鰹節出所番付
- ◦出版時期:江戸後期(『日立市史』は文化・文政期とする)
- ◦編発行者:伊勢阿曽浦ほか 江戸小舟町鰹節問屋
- ◦木版印刷
- ◦日立市郷土博物館蔵
テキスト化にあたって
- ◦縦書きを横書き表形式にあらためた
- ◦前頭の右傍らに順位をアラビア数字で示した
- ◦( )は編者による。産地名に続けて当時の一般的地名表記と現在の市町村名を示した。不明なものはそのままとした。確定できないものはヵとした
- ◦判読できないものは□で示した
かつほぶし位評判 | ||||
諸国鰹節出所 | ||||
爲御膳 | ||||
口上 例之通夏中諸国浜ニ於て大漁事有之晴天之内丁上仕候 |
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行司
伊勢 阿曽(三重県度会郡南伊勢町) 同 慥栖 志摩 波切(三重県志摩市) 阿州 ムキ浦(牟岐浦 徳島県海部郡牟岐町)・由黄浦(東・西由岐村 徳島県海部郡美波町)・完喰(宍喰 海部郡海陽町)・大島(牟岐町)・海部(海陽町) |
||||
世話所
土サ 甲ノ浦(高知県安芸郡東洋町) 同 窪津 同 久禮(高知県中土佐町) 伊よ 宇和島 豊ゴ 天草 与□ 五島 | ||||
売捌 小船町鰹問屋 |
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(西) | (東) | |||
土佐 | 伊左 (伊佐 土佐清水市) | 大関 | 土佐 | 清水 (高知県土佐清水市) |
同 | 養老 (土佐清水市) | 関脇 | 同 | 越恵 (小江 土佐清水市) |
同 | 松尾 (土佐清水市) | 小結 | 同 | 大濱 (土佐清水市) |
薩摩 | 役島 (鹿児島県熊毛郡屋久島町) | 前頭 1 | 同 | 御畳瀬 (高知県高知市) |
土佐 | 宇佐 (高知県土佐市) | 前頭 2 | 同 | 中ノ漁 (中の浜ヵ 土佐清水市) |
同 | 洲崎 (高知県須崎市) | 前頭 3 | 同 | 野美 (野見ヵ 高知県須崎市) |
同 | 猪ノ尻 (井尻 土佐市) | 前頭 4 | 同 | 福島 (土佐市) |
同 | 津呂 (室戸市) | 前頭 5 | 同 | 雲津 (高知県室戸市) |
薩摩 | 永良部 (口永良部ヵ 鹿児島県熊毛郡屋久島町) | 前頭 6 | 土佐 | 室津 (室戸市) |
同 | 鹿児島 | 前頭 7 | 薩摩 | 川尻 (鹿児島県指宿市) |
伊予 | 宇和島 (愛媛県宇和島市) | 前頭 8 | 同 | 榛ノ津 (坊津 鹿児島県南さつま市) |
同 | 海部 (行司 阿波国) | 前頭 9 | 伊予 | 完喰 (宍喰:行司 阿波国) |
同 | 由黄浦 (行司 阿波国) | 前頭 10 | 同 | 君木浦 |
薩摩 | 越木 (甑 鹿児島県薩摩川内市) | 前頭 11 | 薩摩 | 黒島 (鹿児島県鹿児島郡三島村) |
同 | 野母 (長崎県西彼杵郡野母村ヵ 肥前国) | 前頭12 | 同 | 地方 |
同 | 五島 (長崎県 肥前国) | 前頭13 | 伊予 | 大島 (愛媛県今治市ヵ) |
伊勢 | 阿曽 (行司) | 前頭 14 | 薩摩 | 天草 (熊本県天草ヵ 肥後国) |
三州 | 波切 (行司 志摩国) | 前頭 15 | 紀伊 | 有田 (和歌山県有田市) |
九州 | 日向 (宮崎県) | 前頭 16 | 同 | 宇久井 (愛媛県勝浦町ヵ) |
イツ | 岩地 (静岡県賀茂郡松崎町) | 同 17 | キイ | 勝浦 (和歌山県那智勝浦町) |
同 | 安良里 (静岡県賀茂郡西伊豆町) | 同 18 | 同 | 新宮 (和歌山県新宮市) |
同 | 田子 (静岡県富士市) | 同 19 | 同 | 尾鷲 (三重県尾鷲市) |
同 | 江奈 (松崎町) | 同 20 | 同 | 引本 (三重県北牟婁郡紀北町) |
同 | 宇久須 (西伊豆町) | 同 21 | 同 | 日高 |
同 | 道神 | 同 22 | 同 | 矢井賀 (高知県高岡郡中土佐町ヵ) |
同 | 仁科 (西伊豆町) | 同 23 | 同 | 田邉 (和歌山県田辺市) |
同 | 松サキ (松崎 松崎町) | 同 24 | 同 | スカリ (須賀領 三重県松阪市) |
同 | 仲木 (中木 静岡県賀茂郡南伊豆町) | 同 25 | 同 | 須恵 (須江 和歌山県東牟婁郡串本町) |
スルカ | 柳津 (小柳津ヵ 静岡県焼津市) | 同 26 | 同 | 芳養 (田辺市) |
同 | 馬込 (静岡県沼津市) | 同 27 | 同 | 加田 (三重県北牟婁郡紀北町ヵ) |
同 | 獅々浦 (獅子浜 沼津市) | 同 28 | 同 | 長島 (紀北町) |
同 | 多比浦 (沼津市) | 同 29 | イセ | 慥栖 (行司) |
スルカ | 沼津 (沼津市) | 同 30 | イツ | 神津島 (東京都大島支庁) |
イツ | 子うら (子浦 南伊豆町) | 同 31 | 房州 | 磯むら (磯村 千葉県鴨川市) |
同 | 大瀬 (南伊豆町) | 同 32 | キイ | 大島 (三重県志摩市志摩町) |
同 | 伊東 (静岡県伊東市) | 同 33 | 房州 | 白子 (千葉県南房総市) |
房州 | 忽戸 (南房総市) | 同 34 | 同 | 辺立木 |
同 | 千倉 (南房総市) | 同 35 | 同 | 濱萩 (鴨川市) |
同 | 大津 (南房総市) | 同 36 | 同 | 吉浦 (鴨川市) |
同 | 和田 (南房総市) | 同 37 | 同 | 江見 (鴨川市) |
同 | 小みなと (小湊 鴨川市) | 同 38 | 同 | 塩浦 (南房総市) |
上サ | 勝うら (勝浦 千葉県勝浦市) | 同 39 | 同 | 川浦 |
同 | 沖津 (興津 勝浦市) | 同 40 | イツ | 新島 (東京都) |
同 | 川津 (勝浦市) | 同 41 | 同 | 若郷 (東京都新島村) |
同 | 岩和田 (千葉県夷隅郡御宿町) | 同 42 | 同 | 八丈島 (東京都) |
同 | 御宿 (御宿町) | 同 43 | 同 | 御蔵島 (東京都) |
同 | 沢くら (沢倉 勝浦市) | 同 44 | 同 | 三宅島 (東京都) |
上サ | 小ばま (小浜 千葉県いすみ市) | 同 45 | テウシ | 飯具根 (飯貝根 千葉県銚子市) |
イワキ | 江名濱 (福島県いわき市) | 同 46 | 同 | 飯沼 (銚子市) |
同 | 中ノ作 (いわき市) | 同 47 | イツ | 豊間 (岩城—いわき市ヵ) |
同 | 沼ノ内 (いわき市) | 同 48 | 仙タイ | 遠島 (牡鹿半島ヵ) |
同 | 久ノ濱 (いわき市) | 同 49 | 同 | ヒロタ (広田 岩手県陸前高田市) |
水戸 | 大津 (茨城県北茨城市) | 同 50 | 同 | 気せん (気仙 宮城・岩手県) |
同 | 河原子 (茨城県日立市) | 同 51 | 同 | 小友 (陸前高田市) |
同 | 中ノ湊 (湊 茨城県ひたちなか市) | 同 52 | 同 | 東サキ (東崎 岩手県大船渡市) |
同 | 大瀬 (会瀬 日立市) | 同 53 | 同 | 細浦 |
イワキ | 四ツ倉 (いわき市) | 同 54 | 同 | 大渡戸 (渡戸ヵ 宮城県気仙沼市) |
水戸 | 平磯 (ひたちなか市) | 同 55 | 同 | 越木来 (越喜来 大船渡市) |
同 | 川尻 (日立市) | 同 56 | 南部 | 釜石 (岩手県釜石市) |
南部 | 宮古 (岩手県宮古市) | 同 57 | イツ | 大しま (大島 静岡県焼津市) |
イワキ | 小名濱 (いわき市) | 同 58 | 仙タイ | 綾里 (大船渡市) |
南部 | 大浦 (岩手県下閉伊郡山田町) | 同 59 | 同 | 唐丹 (岩手県釜石市) |
同 | 折笠 (織笠 山田町) | 同 60 | 南部 | 大つち (大槌 岩手県県上閉伊郡大槌町) |
同 | 鍬が崎 (宮古市) | 同 61 | 同 | 山田(下閉伊郡山田町船越) |
参考文献
- 山本高一『鰹節考』(1987年 筑摩叢書版)
- 宮下章『鰹節』(2000年)