史料 常磐炭礦茨城礦業所転職者あて
募集案内状 1969年
左:中郷礦 右:神の山礦 塊炭袋詰工場 1976年11月撮影
この文書が作られたのは1969年(昭和44)のことである。1965年に国の総合エネルギー調査会がエネルギーを石油中心に転換せよとの報告をまとめ、翌年石炭鉱業審議会は大手の「ビルド」炭鉱にさえ閉山を求めるにいたった。1969年時点で、茨城県内で稼行していたのは、関本(北茨城市)、重内(北茨城市)、常磐炭礦(株)茨城・神の山(北茨城市)、高萩炭礦(株)系列の第2望海(高萩市)と櫛形(十王町)の6礦であった。
そうしたなか、繁忙期の冬期に季節従業員を募集するとともに、石炭産業の将来に不安をおぼえ、あるいはより高い賃金、より優れた作業環境を求めて転職した熟練従業員を呼び戻そうとして作成されたのが、本史料である。
内容は次の五つからなる。
1 石炭産業がおかれている環境
2 常磐炭礦茨城礦業所の現況と賃金
3 作業環境の改善
4 老後の生活
5 転職者の現況
最後の段落にある「作業環境もよくなり 賃金もアップし 老後の保証も確立できそうだし 現場の人間関係も年ごとによくなっています あなたもヤマを去る時はいろいろと悩まれたことでしょう しかしヤマは日毎に変っています もう一度住みなれた住宅や職場で私たちと一緒にやってみませんか」の呼びかけに切実な労働力不足が伝わってくる。
そして常磐炭礦(株)の茨城礦業所に属する中郷と神の山炭鉱は、2年後の1971年に閉山を決定する。
史料について
- ◦作成時期:1969年(昭和44)
史料には年次が示されていないが、記事中にあるNHKカメラリポート「よみがえる炭鉱」が放映されたのは1969年5月であることによる。 - ◦差出人:常磐炭礦(株)茨城礦業所労務課長
- ◦形態:B4判縦書き 活版印刷
- ◦北茨城市土屋三男氏蔵「坑夫募集」綴より。コピーを炭鉱の社会史研究会が保管する
- ◦翻刻にあたって:縦書(なお「採炭平均月収」の項は横組)を横組にした。句読点(史料には句読点はなく、分かち書きしている)を含め、文字に変更は加えていない。
[本文]
拝啓 当社ご在社中はたいへんご協力をいただき感謝申し上げております
梅雨の侯となりましたが その後いかがお過しですか ヤマでは今七月の保安週間の準傭で忙しい思いをしておりますが奥さんも住宅の水洗いや周辺の草むしりに苦労されたことを思い出されるでしょう 汗をながしたあと美しくなったところを見るのは気持がよいですね
先日テレビで中郷礦のことが放送されましたがご覧になりましたか NHKカメラリポート「よみがえる炭鉱」と題し斜陽ムードの炭鉱の多いなかで安定して活況に満ちた「中郷砿」が紹介されました 最近硫黄公害の問題から低硫黄の「中郷炭」が見直され生産が需要に追いつかず困っているのに 勿来に増設中の火力発電所工事が急ピッチに進んで来年秋には操業のはこびになりますが 完成しますと石炭火力では全国一の大容量発電所となり 消費する二八〇万トンの石炭対策に今から頭を痛めて増産計画に取くんでおります
ご承知のとおり 国の石炭政策も最終的に決定 常磐は数ある全国の炭鉱のなかで最高の業績を挙げ 前期二億四千万円の黒字決算をして 将来ある安定した炭鉱として高く評価されておりますが 賃金も今春一〇%の壁を破り一二%アップ 四・五月分の差額一方二二七円が支給され 採炭員の月収入は平均次のようになっています
採炭平均月収
賃金 25日
深夜手当 家族手当 3人 精勤賞 計 ………………………… 公休日 2日 合計 |
2,685×25=67,125
5,906 1,200 3,000 77,231 (25日稼働 公休日5〜6日) …………………………………… 4,860 82,091 (27日 稼働 公休日3〜4日) |
坑内事情も当時にくらべだいぶ変ってきました 皆さんに苦労をかけた払の磐打ちもなくなりカールをつけたドラムカッターが動きスコップはほとんどいらなくなりました トラフの移動もシフターの連動で簡単になり 現在カッペさしの軽易化を研究中です
あるときは暑かった坑内も一億五千万円を投じて完成した坑内冷房装置が運転されて払・掘進とも二十七度くらいの涼しい切羽となり ひところの汗と泥の苦労もむかし語りとなって働らき易い作業場になりました
住宅も昨年来六坑区・新坑区に近隣では珍しい3DK住宅が続々新築されましたが今年も八〇戸新築予定で現在六坑区を取こわし中で礦業所前の住宅風景も一変いたします
退職手当も昨秋大幅にアップされましたが 厚生年金・炭鉱年金の支給頷の上昇も検討されておるようなので老後の保証も確立できそうです 中郷には今年にはいって直接員だけでも五十数人の新入砿員を迎えています
もちろん新しい人もおりますが この中には二〜三年前炭鉱の将来に見切りをつけて去った人や よそのよい条件につられて退職された人たちもだいぶおります この人たちの話をきいてみると
- ① うまい話でいってはみたが条件と現実がちがっていた ② ヤマとちがって労働時間が長く三〜四時間の残業は普通で残業しないと金にならない 家にはただ寝に帰るだけで子どもと顔を合わせるヒマもない ③ 家賃電気料入浴代燃料その他なんでも金でこのように金がかかるとは思わなかった 特に物価がたかくくらしにくい ④ 人情に厚いヤマとちがって 生きることに精いっぱいで他人にかかわっていられないにしても近所の人はあまりにつめたい ⑤ 冬場のストーブの暖かさが忘れられない
等等そして石炭産業も炭鉱によって差違があり中郷砿のように将来とも安定している所があると見直され 多少坑内に働らく苦労はあるにしても 短かい労働時間 高賃金 くらしやすさ などからふたたびもどったと話をしています 歩合も昨年最低一〇歩として修正スライドし経験者はそれなりに過去の実績を勘案してアップしており一度去った職場にふたたびもどることに二の足を踏んだこの人たちも”よく帰ってくれた”と職場でも住宅でも歓迎され 喜んでまたこの人たちが元の職場から一人二人と新しい人たちを誘ってきてくれています
作業環境もよくなり 賃金もアップし 老後の保証も確立できそうだし 現場の人間関係も年ごとによくなっています あなたもヤマを去る時はいろいろと悩まれたことでしょう しかしヤマは日毎に変っています もう一度住みなれた住宅や職場で私たちと一緒にやってみませんか 一家の幸せはあなたがきめるものですよ 懐しい上司や同僚があなたがもどるのを心から待っております お便りによっては個人的なご相談にのるため係員を参上させたいと思っておりますので ぜひご近況などお知らせください 時節柄ご自愛のほどを 奥様にもよろしく
月 日
労務課長 高橋 進[署名は手書き]