日立春秋史 目次
書名の「日立」は当時の日立市域、つまり1939年(昭和14)日立町(宮田と滑川)と助川町(助川と会瀬)が合併して成立した日立市の範囲をさしている。観光協会長で日立市長の高島秀吉の序文に「日立は今日、工都として全国的に知られているが、その歴史的過程がどうなつていたか。…往古を偲び、また将来を卜する資料に供」するために刊行したとある。発行日は町村合併促進法が施行された日で、この法律により1955年から翌年にかけて日立市は周辺3町4ヶ村を編入統合した。
- 著者 高橋六郎
- 発行所 日立市観光協会
- 発行年 1953年10月1日
- 判型等 A5判 103頁
著者について
高橋六郎は1895年山形市生まれ、1965年71歳で水戸市に没。水戸市の水道課長、日立水道(株)の支配人をへて、戦後日立市助役、水道部長を務める(復刻版著者紹介より)。『水戸藩の利水事業家永田茂衛門一族と其の事蹟に就て』(1939年刊)のほか水戸藩の水道にかかる論考が多数ある。
内容細目
序 文 | ||
一 | 地史的に見た「日立」とその形成過程 (イ)第三紀の瑞穂統 (ロ)敷島時代 (ハ)第四紀隆起時代 |
… 1 |
二 | 古文献に現われた日立附近 (イ)日立附近の住居 (ロ)日立の先住民 (ハ)日立の名称 |
… 2 |
三 | 上代の官職と日立あたり (イ)ひたみちの国 (ロ)郡司と郡政 (ハ)駅路 (ニ)道ロ郷 (ホ)助川郷 (ヘ)宮田の館 (ト)東奥征討と八幡清水 |
… 10 |
四 | 戦国以前の常陸武士 (イ)日立に於ける平家 (ロ)源氏と佐竹氏 (ハ)伊賀屋敷跡 (ニ)蛇塚 (ホ)八幡清水 |
… 18 |
五 | 戦国時代に於ける常陸武士 (イ)助川城 (ロ)常陸の年貢その他 (ハ)大雄院と小野崎山城守 (ニ)田尻・小幡・宮田・助川館主その他 |
… 20 |
六 | 「日立」古城考 (イ)銀水 (ロ)田手沼辨天池 (ハ)稲荷院と常源院 (ニ)助川城(ホ)相賀館 (ヘ)助川館 (ト)相賀浜の「三つの城跡」 (チ)宮田館の跡 (リ)宮田城と市役所敷地の「沼」 (ヌ)小幡の城 (ル)滑川館 |
… 24 |
七 | 徳川初期の実相と「寛永検地」 (イ)寛永検地と日立地方の実相 (ロ)土木事業と奉行望月 (ハ)入四間の開墾 (ニ)神社佛閣と思想転換方策 (ホ)鹿島神社と腰の塚の溜池 (ヘ)徳川幕府の職制度 (ト)当時の水戸藩職制 (チ)自治制度 (リ)藩内の自治行政と機関 (ヌ)日立の旅宿 (ル)当時の交通路 (ヲ)助川金山 (ワ)大雄院 (カ)助川の石高その他 (ヨ)宮田の石高その他 (タ)滑川の石高その他 (レ)会瀬と石高その他 (ソ)経塚の碑 (ツ)高鈴山と神峰山 (ネ)「観光日立」の名所その他 |
… 34 |
八 | 徳川末期から幕末までの日立 (イ)天保の助川城 (ロ)日立の天狗党員 |
… 51 |
九 | 助川城と上水道施設 (イ)助川城の修築 (ロ)上水道施設 (ハ)徳川時代に於ける水藩の利水事業 |
… 56 |
十 | 明治、大正時代の日立 (イ)明治の頃 明治五年頃の日立の戸口 小学校教育 警察出張所 郵便及び運送 十五年の戸口 二十二年村制施行 汽車と助川駅 日立鉱山の営業開始 セメント会社 日立鉱山の上水道 鉱山電車の開通 日製前身 日立製作所の開放 日立の新道 銀座通り (ロ)大正の頃 会計市 電燈がともる 稲妻強盗 日立の大煙突 風流物の山車 友愛会の組織 第一回国勢調査の戸口 常陽銀行支店 電話の開通 大正十二年日立町制 大正十四年助川町制 | … 67 |
十一 | 古よりの風俗習慣 (イ)年中行事 正月 二月 三月 四月 五月 (ロ)流行歌 書生節 (ハ)方 言 (ニ)古文献に現れた日立の産業 |
… 73 |
十二 | 日立の社寺 (イ)神 社 鹿島神社 富士神社 須賀神社 稲荷神社 神峰神社 鈴神社 薩都神社 熊野神社 荒屋神社 塩竃神社 津島神社 富士神社 鹿島神社 天満神社 津神社 稲荷神社 (ロ)寺 院 鏡徳寺 童仙寺 耕養山大雄院 海雲山観音院 西光寺 |
… 82 |
十三 | 旧文献上の村役人その他 (イ)棟札 (ロ)宮田村寺改め (ハ)村役人の変遷 (ニ)乍恐以書付奉御伺候 |
… 89 |
後 記 〈高橋六郎〉 | … 103 |