史料 明治末、茨城県北の鉱業
1911年『産業調査書』より
本史料『産業調査書』は茨城県初の経済振興総合計画ともいうべき「産業に関する県是」策定のための基礎調査としてまとめられたもので、13章からなる。第一は総説、第二農業、第三各種農作物、第四開墾、第五蚕業、第六畜産業、第七林業、第八水産、第九工業、第十鉱業、第十一商業、第十二特許意匠、第十三気象である。
この時期、農業が茨城県の支配的な地位にあったものの「世運ノ進歩ニ伴ヒ」農業振興だけでは殖産興業の実はあげられない、「適度ニ鉱業、商業ノ勃興ヲ促」す必要ありとした。だが同時期にまとめられた「県是」(1911年4月20日付『茨城県報』に掲載)は農業および従来の養蚕・畜産・林業・漁業、そして機械制大工業以前の工業、それらの振興方策をあげるにとどまった。資本主義に適合的な鉱業・商業は放置しておいて可という判断であろうか。
総説において茨城県を北部、東北部、中部、南部に4区分して、地勢を説明する。
[茨城県は]気候概して温和、地味肥沃なり。常陸国は県の東北部を占め、北は八溝、高鈴の諸山脈連旦、西南に走り筑波の山麓に接す。故に北部は山嶺重畳平坦の地少しと雖亦頗る物産に饒なり。煙草、蒟蒻、楮、諸鉱物の名声夙に世に顕はる。東北一帯は海に臨み、延長約四十餘里に亘るを以て魚介の利多く、此間幾多の漁邑点在し、頗る天然の景勝に富む。又那珂、久慈の両川久慈、那珂の二郡を横流し漕運の便鮮尠からす。中部は岡阜に属するも平原曠野少なしとせす。故に牧畜、農桑の業最も盛なり。南は利根の大河を以て千葉に界し、南部に霞ヶ浦の大湖を湛へ、其の他湖川池沼各所に散在し、魚鼈の棲殖に適し、運漕の便頗る大なり。下総国は県の西南部にありて西北部は下野に隣し東に鬼怒、小貝の二川、南に利根、西南に渡良瀬、赤堀の諸川あり。地勢平坦、灌漑、運輸の便多く、地味膏艘にして米穀、茶、蚕、紬の産最も饒なり
[句読点・太字は引用者、カタカナをひらかなになおしてある]
本ページでいう茨城県北とは、上述の北部と東北部、具体的には多賀・久慈・那珂の3郡をさす。
史料について
- ◦名称:産業調査書 全
- ◦著者:茨城県勧業課
- ◦発行所:茨城県
- ◦発行年:1911年(明治44) 月日不詳
調査は1910年には終え、調査書案も1910年中にまとまっていたものと考えられる。 - ◦判型等:27.0×19.5cm 謄写版印刷
- ◦所 蔵:茨城県立歴史館
- ◦参照文献:茨城県農業史研究会『茨城県農業史 第二巻』(1964年3月刊)
テキスト化にあたって
- ◦本史料の「第十 鉱業」は、総説・石炭・銅・金・花崗石の4項目からなるが、本ページでは西茨城郡(筑波山・加波山・雨引山等の連山)を主産地とする花崗岩については略する。
- ◦縦書きを横書きに改めた。
- ◦漢字は一部を除いて常用漢字を用いた。
- ◦原文に句読点(。、)はないが、編者において付した。
- ◦[ ]は編者註
[本文]
第十 鉱業
本県ノ鉱業ハ殆ト多賀郡ニ集中シ、其ノ他ハ那珂、久慈両郡ニ少量ノ産金ヲ見ルノミ。而シテ其ノ採堀箇所ハ
鉱山採堀箇所 金銀 三
銅 一
金銅硫化鉄 一
満俺 二
石炭 一四
砂鉱採取箇所 砂金 一四
砂錫 一
又其ノ産額約三百五十二万円ニシテ、未タ農工産ニ及ハサルコト遠キモ、近時日立銅山ノ発展著シク、各炭坑亦漸次盛大ニ向ヒツヽアレハ、将来県産業界ニ重キヲナスニ至ルヘシ。鉱産ノ種類ハ銅、石炭ヲ主トシ、其ノ他ノ砂金、金銀、砂錫、満俺等ヲ産スルモ、未タ重要ナルモノニアラス。依テ以下銅及石炭ニ就キ大略ヲ敍セン。
石炭
四十一年ニ於ケル本県石炭ノ産額ハ我国第七位ニアリ。即チ
福岡 | 8,443,359 | 噸 |
長崎 | 269,798 | |
北海道 | 1,300,091 | |
山口 | 151,679 | |
佐賀 | 863,617 | |
茨城 | 130,841 | |
福島 | 862,633 |
[註:以下、表は漢数字をアラビア数字に直して表示する]
又本県累年ノ産額ヲ比較スレハ
数量 噸 | 價格 円 | |
---|---|---|
37年 | 93,412 | 340,927 |
38年 | 114,967 | 545,425 |
39年 | 163,140 | 538,106 |
40年 | 170,724 | 800,010 |
41年 | 190,038 | 940,498 |
43[42ヵ]年 | 240,204 | 973,307 |
現今炭坑ノ主ナルモノヲ挙クレハ次ノ如シ。
鉱区 坪 | 数量 斤 | 價格 円 | |
---|---|---|---|
北中郷村 茨城採炭株式会社 | 2,583,464 | 118,448,840 | 327,440 |
創業34年9月 | |||
原働力汽機及電力 職工労役者544人 | |||
華川村 茨城無煙炭礦株式会社 | 1,587,146 | 99,983,902 | 269,474 |
創業29年8月 | |||
原働力汽機及電力 職工労役者578人 | |||
松原町 秋山炭鉱 | 756,934 | 26,481,564 | 109,315 |
創業29年1月 | |||
職工労役者220人 | |||
松原町 高萩炭鉱 | 260,911 | 45,629,809 | 116,298 |
創業38年6月 | |||
原働力汽機 職工労役者293人 | |||
北中郷村 山口炭鉱 | 471,004 | 696,180 | 1,951 |
創業41年 | |||
原働力汽機 職工労役者89人 | |||
華川村 半田鉱山合資会社 | 607,156 | 今年創業 | |
松岡村 手綱炭鉱合資会社 | 560,301 | 22,805,665 | 50,907 |
創業37年2月 | |||
原働力汽機 職工労役者148人 42年9月ヨリ会社解散個人ノ所有トナル |
以上ノ外石炭ヲ採堀スルモノ八ヶ所アルモ、何レモ小規模ニシテ特ニ挙クルニ足ラス。此中最モ盛ナルハ茨城採炭株式会社ナリ。同鉱業所ハ磯原停車場ヨリ三哩ノ軽便馬車鉄道ヲ有シ、一大斜坑ハ二千二百尺ヲ堀進シ、左右坑道ハ七坑道区アリテ、目下八坑道堀進中ナリ。坑内及坑外ハ汽機及電力ニヨリテ諸機械ヲ運転シ、機械工場其ノ他ノ工場完全ニシテ、職工労役者ニ対スル設備モ亦能ク整頓シ、六百人ノ工夫ヲ使役シ一日出炭量約四十万斤ナリ。同社ノ資本ハ七十万円ニシテ、払込六十万円ナリ。近年事業界不振ノ影響ヲ受ケ単價下落ノ際ナルモ、尚一割ノ配当ヲ継続セリ。現今ノ價格ハ
磯原渡 隅田川渡
塊炭 四八 五八
切込炭 二五 三五
粉炭 一五 二五
ニシテ他ノ炭坑ニ比スレハ價格上位ニアリ。出炭量モ亦増加ノ状況ナレハ、今後一層ノ発展ヲ見ルニ至ルヘキカ。販路ハ主トシテ東京、横浜ナリ。同会社ハ県下ニ於ケル成績最モ良好ノモノニシテ、爾餘ノ炭坑ハ多少ノ盛衰ヲ免レサレトモ、概シテ非常ナル困難ヲ感セルモノナキカ如シ。只手綱炭鉱合資会社カ窮地ニ陥リ、遂ニ他ニ譲與スルニ至リタルハ、炭界不景気ノ影響ニアラスシテ、経営法ヲ誤レルニ因リシハ明カナル事実ナリ。之ニ反シ山口炭坑ノ如キハ昨年ノ創業ナルニ拘ハラス発展ノ状著シク、大ニ事業ヲ拡張セリ。
常陸ノ炭脈ノ中心点ハ多賀郡華川村ニアルモノノ如ク、東北ハ勿来ニ至リテ尽キ、西南ハ高萩ノ近地ニ至リテ絶ヘ、炭層何レモ三尺乃至四尺ニシテ、亦何レモ炭坑ノ最大厄敵タルヘキ瓦斯無ク、且ツ水分少ナキハ甚タ天慶ノ地歩ヲ占ムト謂フヘキナリ。炭質ハ無煙炭ニシテ、茨城採炭株式会社及ヒ茨城無煙炭株式会社ノモノ最モ良好ト称セラル。然ルニ隣県ノ磐城ニ入ルトキハ炭質一変シテ有煙炭トナレリ。故ニ石炭ノ販路モ自ラ別レテ炭價ノ競争等ヲ惹起スルコトナシ。本県カ石炭ヲ産出セルハ蓋シ工業勃興ノ素因ヲ具備スルモノト云フヘキカ。目下ノ状態ヨリ観察スルニ、尚燃料トシテ薪炭ヲ使用スルモノ多キモ、漸次其ノ缺乏ヲ告クルト共ニ高價ニ赴クヘキハ明白ニシテ、遂ニ石炭ヲ使用セサルヘカラサル時期到来スヘシ。某学者ノ調査ニ依レハ今日ノ石炭ヲ採堀シ尽スヘキ年限ハ殆ント豫測スヘカラスシテ、或意味ニ於テ無尽蔵ナリト云フ。果シテ然ラハ小ニシテ本県工業界ノタメ大ニシテハ我カ国ノ為メ炭界ノ益発達センコトハ寔ニ希望ニ耐ヘサル所ナリ。
銅
本県産銅ノ唯一ノ代表者ハ日立銅山ナリ。同山ハ往古赤沢銅山ト称セシモノニシテ、明治三十八年十二月現鉱業権者久原房之助ノ手ニ帰セシ以来日立鉱山ト改称セリ。近時同鉱山ノ発展驚クヘキモノアリ。最近ノ調査ニ依レハ其ノ産額足尾、別子、小坂ニ次キ我国第四位ヲ占ムルニ至レリ。其産額ヲ挙ケンニ
数量 斤 | 價格 円 | |
37年 | 221,788 | 66,536 |
38年 | 418,651 | 167,921 |
39年 | 440,640 | 222,948 |
40年 | 1,333,713 | 754,882 |
41年 | 2,960,130 | 934,218 |
此ノ如ク産額ノ増率著シク、是等ノ製銅ハ原鉱中ノ金銀ヲ含有スルヲ以テ其ノ價格モ亦大ナリ。分析ノ結果ニ依レハ高低一ナラサルモ、最近ノ純銀トシテノ含有量ハ後ニ示スカ如シ。原鉱ハ同山採堀ニ係ルモノノ外、院内、半田ヲ主トシ、其ノ他諸国ヨリ購入スルモノモ亦少ナカラス。最近ノ調査ニ依レハ一年間ノ撰鉱高左ノ如シ。
日立採堀銅鉱 一五、七三八、七六四貫
買入銅鉱 六七三、六八七貫
買入金銀鉱 四四七、三九一貫
買入製錬高型銅 三、一六九、二九三斤三
純金 一二、九八六匁六四
純銀 二五七、六二九匁二五
此総價格百拾万円ニ達セリ。尚一昨年上半季ト昨年上半季トヲ比較スレハ生産高ノ増率更ニ著シキヲ見ル。職工労働者ノ如キモ現今二千五百人ニ及ヘル等、実ニ同鉱山将来ノ発展測リ知ルヘカラサルモノアリ。
今最近ニ於ケル事業状況ヲ見ルニ、採鉱部ニ於テハ本坑、神峯坑、第三中盛鉱何レモ鉱層屈進中ニ属シ、又新ニ有望ナル鉱層ニ会スル等原鉱ノ豊富ナルヲ示セリ。精錬部ニ於テモ錬鉱爐、錬鈹爐、錬銅爐、其他附属機械ヲ増設シ、又事業拡張ニ伴フ動力ノ缺乏ヲ補フ為多賀郡河内村ニ水力ヲ利用シテ発電所ヲ起ス等一々之ヲ詳記スルニ遑アラス。同鉱山ハ地理上ノ利多シ。例ヘハ鉱水ノ流域極メテ短ク直ニ海ニ注クカ故ニ足尾等ニ於ケル如ク鉱毒問題ヲ大ナラシムルニ足ラス。只煙毒ノ被害ハ免ルヘカラスシテ、附近森林ニ於ケル松杉雑木ヲ主トシ其ノ他ノ被害夥シク、為メニ附近農民ノ苦情絶ヘサリシカ、近時是等被害地民ト円満ナル賠償契約成立スルニ至リ、他ノ鉱山ニ見ルカ如キ紛擾ヲ見ス。
金
金及砂金ノ産額ヲ見ルニ
金 | 砂金 | |||
---|---|---|---|---|
数量 匁 | 價格 円 | 数量 匁 | 価格 円 | |
37年 | 65 | 333 | 1,267 | 5,641 |
38年 | 35 | 165 | 414 | 1,852 |
39年 | 203 | 812 | 380 | 1,718 |
40年 | 138 | 690 | 2,689 | 12,134 |
41年 | 12,987 | 65,000 | 104 | 455 |
42年 | 71,636 | 339,121 | 49 | 216 |
金山卜称シ得へキモノ次ノ三ヶ所アルモ、何レモ大規模ノモノニアラス。
鉱区 坪 | ||
---|---|---|
久慈郡黒澤 | 八溝鉱山合資会社 | 310,009 |
久慈郡大澤 | 金山合資会社 | 461,613 |
那珂郡山方村 | 薬丸金山 | 491,200 |
本県ノ砂金及金鉱ハ専ラ久慈郡ニアリシモ、近頃那珂郡ノ北部ニ金鉱脈貫通セルヲ発見シ採掘ノ出願ヲナスモノ多ク、薬丸金山ノ如キハ其ノ随一ナリ。是等ハ新ニ着手シタルモノニテ、鉱床ハ砂岩及頁岩ノ五層中ニ存スル含金石英質鉱脈ニテ、何レモ巾十二尺ヨリ二十三尺アリ。含金百万分ノ三ヨリ十万分ノ三ニテ、良好ナルモノハ一万分ノ二位ノモノアリ。四十一年十一月木製十五貫五本立搗鉱機ニ設置シ、水力ヲ動力トシ四十二年四月ヨリ開始シ、更ニ六月ニハ水車三臺ヲ増設シテ八貫目二十六本立搗鉱機ヲ増設セリ。以上ニテ一日三百貫ノ鉱石ヲ搗碎スルヲ得。役員十五名、労働者五十名ニテ一日約五十匁ノ純金ヲ得。非常ニ有望ナル成績ヲ表ハセルヲ以テ、近頃新ニ小川式搗鉱機ヲ備へ、蒸汽機関ノ動力ニテ運轉セシムルノ設備ヲナシ、一日三千貫ノ鉱石ヲ搗クヲ得ル如ク準備セシモ、不幸ニシテ原鉱ノ供給少ナキト、含金量漸々減少シ来リ、現今ハ甚タ窮状ニアルカ如シ。之レ原料ノ供給ヲ計ラスシテ只ニ事業ノ拡張ヲ急キタル結果ニアラサルカ。其ノ他ノ金山ノ状況ニ於テハ調査ノ参考トナルへキモノヲ得サルモ、要スルニ金山ハ本県ニ於テ大ニ有望ノ事業ニアラサルカ如シ。
以上ハ鉱産ノ重要ナルモノヲ掲ケタルニ過キスシテ、何レモ広義ナル大工業ニ属シ、各専門ノ技術者及事務員ヲ置キ其ノ発展ヲ講策シ、又鉱山局ノ監督アレハ更ニ県ヨリ指導奨励ヲ加フル必要ヲ認メスト雖其ノ各種産業ニ対シ影響大ナレハ、常ニ相当ノ調査ヲ怠ラサルヲ要ス。
[以下、花崗石の記述略]