墨塗り郷土誌

島崎 和夫

目次 ── 墨塗りの経緯|郷土誌目次と墨塗り状況|学校郷土誌



久慈町郷土誌目次(部分)

墨塗りの経緯

墨塗り教科書はよく知られている。敗戦の日から一月後の9月20日、文部次官の通牒があって墨塗りが始った。文部省は変わり身が早い。それだけ墨塗りされた部分は非民主的、国家主義的な指導であったことを文部省は自覚していたのであろうか。いや二重思考のなかにあったのかもしれない。

「終戦二伴フ教科用書取扱方二関スル件」で文部省は「省略削除又酌取雪上注意スベキ教材ノ規準」として、(イ)国防軍備等を強調し、(ロ)戦意昂揚を図り(ハ)国際の和親を妨げ、(ニ)戦争終結に伴う現実と遊離し、または児童・生徒の生活体験とも離れた教材等を指示した。この通牒によって教科書(国民学校後期用国語教科書)の墨塗りがはじまった(増田史郎亮「墨ぬり教科書前後」『長崎大学教育学部教育科学研究報告第35号』1988年)

教科書とはべつに小学校が編纂した郷土教育のための教師用資料である郷土誌において、目次の一部に墨塗りがなされ、本文の一部が頁ごと切りとられているのである。このことはこれまで話題にされなかったように思う。

そこで確認することができた「久慈町郷土誌」「日立町郷土誌」「村松村郷土誌」の墨塗りおよび削除状況を表にして示す。

比較のために並べたわけではない。墨で塗られたものが何であったのかが浮かび上がってくればよい。しかしどうであろうか。抹殺された記述は軍事と宗教(とくに神社に関する記事)ではなかったかという以上のことは私にはわからなかった。

郷土誌の墨塗りをだれが指示したのだろうか。具体的にはわからないが、見ることができたできた3誌一様に墨塗りされ、本文が切りとられ削除されているところから、教科書同様に文部省からの指示・指導があったにちがいない。学校長の日本政府あるいはGHQへの忖度ではなかったろう。

とはいえ目次は墨塗り、本文は切りとり。せめて読みとれるよう見せ消ちにしておいてほしかった。教科書とは異り、目にすることができたのは教師だけであったし、二重思考の中にいた当時の教育者にとって難しいことではなかったはずである。

史料について

郷土誌目次と墨塗り状況

 久慈町郷土誌      日立町郷土誌      村松村郷土誌    
第1章    
緒論
(1)郷土の意義及範圍
(2)最近教育思潮と郷土誌教授の必要
(3)本誌編纂の目的
沿革ノ概要
(1)位置、所在、区劃
(2)起原、歴史、併合分離等ノ年月変遷
(3)地形、地勢、地質、土質、地味
(4)近海ノ潮汐干満ノ概況
郷土ニ於ケル修身的材料
(1)学校教育
(2)社会教育
(3)■■[本文削除]
(4)帯位勲者[本文削除]
(5)功労者
(6)優良団体及個人
(7)軍人分会[本文削除]
(8)消防組
(9)衛生
(10)人物
(11)犯罪者
(12)儀式祭典[本文削除]
(13)民情風俗
(14)赤十字社員
(15)■■[本文削除]
(16)納税有資格者
(17)村松村是
(18)村松村条例并規定
第2章    
久慈町概況
(1)沿革
(2)自然地理的方面
(3)人文地理的方面
気候、気象
(1)気候ニ対スル大体弊見
(2)観測所位置
(3)観測ノ度数
(4)気象
郷土ニ於ケル国語的材料
(1)方言、訛言
(2)帰化語
(3)接頭語、接尾語
(4)苗字
(5)衣食住
(6)那珂郡町村名
(7)新聞、雑誌
(8)校庭樹木名札及物品名
(9)村松村ニアル看板
第3章    
沿革
(1)郷土の起原
(2)明治維新後
(3)市街発達の状況
広袤
(1)最長最狹ノ方向、長サ及ビ平均ノ長サ
(2)総面積其他
(3)用途別地積
郷土ニ於ケル算術的材料
(1)材料調査ノ本拠
(2)里程ニ関スル材料
(3)面積ニ関スル材料
(4)高サニ関スル材料
(5)目方ニ関スル材料
(6)貨幣ニ関スル材料
(7)暦ニ関スル材料
(8)時間ニ関スル材料
(9)体積ニ関スル材料
(10)温度ニ関スル材料
(11)速度ニ関スル材料
(12)外国度量衡ニ関スル材料
(13)メートル法ニ関スル材料
第4章    
位置境域
(1)位置
(2)面積
人口
(1)人口
(2)現住戸数及職業
郷土ニ於ケル歴史的材料
(1)沿革
(2)■■、仏閣[本文削除]
(3)名所旧蹟[本文削除]
第5章    
地形
(1)概説
(2)山地
(3)臺地
(4)低地
(5)海岸
(6)河流
(7)池沼
(8)地貌の輪廻
産業、産物
(1)産業、産物
(2)主ナル産物産額
(3)商工業ノ概況
(4)農会
(5)会社
(6)会社工場
郷土ニ於ケル地理的材料
(1)位置
(2)地勢
(3)気候
(4)面積及広袤
(5)戸数及人口
(6)生業及物産
(7)耕地整理
(8)交通運輸
(9)行政沿革及自治体
(10)巡査駐在所
(11)財政
(12)村民生活状況
(13)村ノ富力
第6章    
地質
(1)地質概説
(2)山地
(3)臺地
(4)低地
(5)海岸
交通通信
(1)交通、通信ニ対スル大体弊見
(2)鉄道
(3)通信
(4)助川郵便局
(5)交通
(6)通信
郷土ニ於ケル理科的材料
(1)植物材料
(2)動物材料
(3)鉱物材料
(4)物理的材料
第7章    
気候
(1)大要
(2)気温
(3)湿度
(4)気圧
(5)風
(6)雨
(7)晴曇
(8)各区域の気候
教育
(1)小学校
(2)中学校
(3)私立学校
郷土ヲ中心トシタル地誌
(1)村松村以南湊町ニ至ル
(2)村松村以西菅谷村ニ至ル
(3)村松村以北日立村ニ至ル
第8章    
天産
(1)郷土の鉱物
(2)郷土の動物
(3)郷土の植物
社会教育並ニ社会教化事業
(1)青年団
(2)社会教育諸施設
(3)社会事業施設
 —
第9章    
郷土の自然現象
(1)天文現象
(2)陸界現象
(3)気界現象
(4)水界現象
衛生
(1)衛生
(2)衛生組合
(3)一般衛生思想
(4)衛生諸施設
 —
第10章    
住民
(1)戸口
(2)言語
(3)宗教(本文削除)
(4)人情風俗
(5)生業
■■
(1)■■[本文削除]
(2)■■[本文削除]
 —
第11章    
産業
(1)水産業
(2)農業
(3)商業
(4)工業
(5)林業
(6)雜産業
(7)産業総括
警備
(1)警備ノ大要
(2)警備ノ諸施設
 —
第12章    
交通
(1)交通線の発達
(2)現今の主なる交通機関
(3)鉄道
(4)道路
(5)水路
(6)郵便電信電話
(7)県内及県外主要都市への里程
金融
(1)金融ノ状況
(2)商事
(3)金融
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第13章    
聚落
(1)久慈町市街の形状及現状
(2)小聚落
(3)附近の聚落との関係
(4)聚落位置の地理的色彩
(5)聚落発達の原因及将来
(6)本町飲料水及電燈について
■■[本文削除]
(1)■■
(2)■■
[仏閣が本文にあり]
 —
第14章    
政治経済
(1)町治
(2)郵便
(3)警察
(4)組合
(5)金融機関
(6)町経済
名所旧蹟
(1)名所
(2)旧蹟
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第15章    
教育
(1)学校教育
(2)社会教育[久慈町青年団・補習教育の項が本文から削除]
其他
(1)俗風
(2)人口増加ニ伴フ風化ノ状況
(3)産業上ヨリ観タル生活ノ程度
(4)人物
(5)年中行事
 —
第16章    
■■
(1)■■[本文削除]
(2)■■[本文削除]
(3)■■[本文削除]
(4)■■[本文削除]
(5)宗教上の設備[本文削除]
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第17章    
名所旧蹟
(1)中丸及離山館址
(2)石名坂戊辰の役
 —  —
第18章    
娯楽機関
(1)劇場
(2)芝居寄席と教化現象
(3)活動写真
(4)最近傾向
(5)有害なるもの
 —  —
第19章    
■■[本文削除]
 
 —  —
第20章    
善行ありし故人
 
 —  —
第21章    
特志家
 
 —  —
第22章    
孝子 
 —  —
第23章    
結論
 
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学校郷土誌

大正から昭和戦前期にかけて各地の小学校で編纂された「郷土誌」は、日立市域では上記二つの外に1934年(昭和9)多賀郡坂本尋常高等小学校編「坂本村郷土誌」、1913年(大正2)の多賀郡日高尋常高等小学校編「日高村郷土誌」が確認されています(茨城県立歴史館による小学校所蔵教育関係資料調査 http://www.rekishikan-ibk.jp/cms/wp-content/uploads/2016/09/550f7ec511d0a1bbfa5d531c038afa12.pdf 2018年3月19日閲覧)

郷土誌教授の必要性と編纂の目的について「久慈町郷土誌」の緒論から抜き出してみます。まず必要性については

教授の基礎を郷土に置くべきことは十七世紀に於て既に佛國のルソー氏によりて唱へられ[中略]實に郷土の教授は實科諸分科の基礎教授たると同時に又其理解に伴ふ興味の喚起、殊に愛郷心の養成に最も重大なる價値あるもの

とし、郷土教育の目的を次のように述べる。

郷土に於ける自然界人事界の複雑多方面なる勢力関係に影響せられて成長発育せしものなることを明瞭に自覚する様、児童をして四囲の天然人為の森羅萬象を観察せしめ其の各事項相互間における微妙なる関係を認識せしめ、それらの各要素が違いに相分散し統合して吾人を警戒し喜ばしめ患ひしめ怒らしめ努力せしめ慰安し以て鉱石の如き自然体なりし人間を溶解陶冶して渾然円満なる文明的人間となし忠実敬虔に造化の法則を遵奉し至誠熱烈に社会に同化し貢献する様則ち吾人が自己を育成し上げたるこの親愛なる郷土を理解し愛護し以て彼等が喜んで郷土の恩恵に報ずる様に被教育者を造るにあり。

子供は郷土の自然・歴史・文化・社会の一片から影響をうけて育つ。それらを観察し、認識し、分散しているよう見える要素を統合して文明的人間に自らを育成する、そんな子供を造る。それが郷土教育の目的だと言っている。

わかりませんが、ルソーの『エミール』の影響下にあるのでしょうか。

郷土誌編纂の統一された章だてが県からしめされたわけでもなさそうです。それほどに3誌とも章立てはそれぞれである。学校独自に考えられ、違いはそれぞれの地域の特性が反映されたのではないか、そんなことを思わされます。漁村・鉱工業の町・農村。三つを選び出したわけではありません。目にしたものがこの三つだった。偶然です。ですが学校が編纂した郷土誌は当時の地域の姿を浮き彫りにしており、今では貴重な史料となっています。それだけに墨塗り、切りとりは残念な行為でした。