近代鉱工業と地域社会の展開 第1部日立鉱工業地帯調査 目次
- 編 者 日本人文科学会
- 発行所 東京大学出版会
- 発行年月日 1955年12月20日
- B5判 791頁
本書は日本ユネスコ国内委員会の委託を受けて日本人文科学会(事務局:日本学術振興会)が、1954年に実施した「近代技術の社会的影響に関する実態調査」の報告書である。報告は第1部日立鉱工業地帯調査と第2部安中地区調査に分けられ、日立及び多賀地区の報告は475ページに及び、かつ425もの表が附される。「この調査報告書は,どこまでも学問的な見地から,客観的な事実を明らかにするために書かれている.調査現地の企業は,いずれも日本の代表的な近代産業であり,企業内部の施設も大体としてよく整備されているし,周辺地域社会に及ぼす影響にも心がくばられている。しかし、それでも,学者の目に映じた「客観的な事実」が,企業経営者の立場から見れば,「一面的な観察」と考えられるような点があるかも知れない」と述べているが、これまでも、そしてこれらもこれほどの大がかりな調査がなされるとは思えないほどの幅広い調査と奥行きのある分析がなされている。
末尾に解説を付した。
序章 日立鉱工業地帯の概観 |
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I 日立鉱工業地帯の概要 1 | ||
A 日鉱、日製の町 | … 福武直 | |
1.日立市の沿革 2.多賀町の沿革 3.産業別人口構成 | ||
B 日立地区鉱工業の比重と特質 | … 渡辺操・小林基夫 | |
1.日立鉱山 2.日立製作所 3.銅=電機工業コンビナート | ||
II 地域の自然的特性と鉱工業の分布 | … 渡辺操・小林基夫 | |
A 地域の自然的特性と鉱工業の分布 | ||
B 鉱工業の地域的分布 | ||
1.日立市宮田鉱工業地区 2.日立市助川工業地区 3.多賀工業地区 |
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III 日立地域の工業立地の概要 | … 渡辺操・小林基夫 | |
A 鉱業立地の分布 | ||
1.製銅工業 2.電機工業 | ||
B 立地因子の検討 | ||
1.原料 2.燃料・動力 3.用地 4.市場 5.輸送 | ||
第1章 日立鉱工業地帯の形成と展開 |
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序節 中枢鉱工業の概貌 27 | … 福武直・隅谷三喜男 | |
A 日立鉱山 | ||
1.日本鉱業株式会社日立鉱業所 2.採鉱所と選鉱所 3.製錬所と硫酸工場 4.電錬工場 |
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B 日立製作所 | ||
1.株式会社日立製作所 2.日立地区における日立製作所 3.日立工場 4.多賀工場 5.日立電線工場 6.絶縁物工場 |
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第1節 日立鉱山 33 | ||
I 日立鉱山の歴史 | … 北川隆吉 | |
A 第I期 創業期 | ||
B 第II期 好況期 | ||
C 第III期 不況と合理化の時期 | ||
D 第IV期 戦争による発展と戦後の時期 | ||
II 経営形態と労働力 | … 北川隆吉 | |
A 経営の状態 | ||
B 労働力 | ||
1.労働者数の増減 2.出身地と階層 3.現在の労働力構成 | ||
III 労務管理と福利施設 | … 松島静雄 | |
A 給与と生活保障 | ||
1.賃金 2.米価補償制度 | ||
B 労務対策の諸相 | ||
1.地域社会の統制 2.生活改善と災害防止 3.経営の帰属意識と組合対 策 4.消防隊と地区事務所 |
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C 福利施設 | ||
1.住宅施設 2.供給所 | ||
IV 労働組合 | … 松島静雄 | |
A 二つの労働組合 | ||
1.分立の理由 2.組合の組織 | ||
B 組合運動と企業連 | ||
C 組合員の意識 | ||
1.組合と組合員 2.組合員の意識 | ||
第2節 日立製作所 93 | … 隅谷三喜男 | |
I 日立製作所の沿革 | ||
A 日立製作所の発足 | ||
B 大正期以降の独立と膨張 | ||
C 戦後の復興と展開 | ||
II 日立製作所の機構と経営 | ||
A 日立製作所と茨城地区四工場 | ||
B 仕事の流れと各工場の性格 | ||
C 生産資材の購入 | ||
D 動力・用水・運輸・営繕 | ||
III 従業員の構成と性格 | ||
A 従業員の構成 | ||
1.従業員の職制群別構成 2.従業員数の推移 3.従業員の採用と退職 4.従業員の年齢別構成 |
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B 従業員の社会的性格 | ||
1.出身地 2.出身階層 3.従業員の住所 | ||
IV 職場の組織と労働条件 | ||
A 熟練の形成 | ||
B 職場の組織と勤続年数 | ||
C 労働条件 | ||
1.就業時間と勤務状況 2.給与 3.労働災害 | ||
V 従業員の生活と福利施設 | ||
A 従業員家族の構成 | ||
B 居住状況と住宅施設/ | ||
C 供給所 | ||
D 生計費と生活水準 | ||
E 健康保険制度と医療施設 | ||
VI 労資関係と労働組合 | ||
A 日立一家の伝統 | ||
B 労働組合の結成とその闘争 | ||
1.組合の形成とその運動 2.昭和25年の争議 | ||
C 労資関係の現状 | ||
第3節 その他の工業 155 | ||
I 日立地区の工業 | … 松本達郎 | |
A 日立市における工業の概要 | ||
B 多賀町における工業の概況 | ||
C その他 | ||
II 下請工業の沿革と構成 | … 松本達郎 | |
A 戦前における下請工業の成立 | ||
B 戦後における下請工業の変貌 | ||
C 下請工業の構成 | ||
1.地域別構成 2.規模別構成 3.依存率 | ||
III 下請工業の性格と経営 | … 松本達郎 | |
A 経営主の社会的性格 | ||
1.年齢と学歴 2.出身地と家業および職歴 | ||
B 企業形態 | ||
1.創業当時の事情 2.企業形態 3.生産設備 | ||
C 下請工業の機構と経営状況 | ||
1.下請発注=受注の機構 2.下請関係の内容 3.単価とその決定方式 4.支払い状況 5.経営状況 6.金融状況 7.下請工業協同組合 8.要約 |
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IV 下請工業従業員の構成と性格 | … 松本達郎 | |
A 従業員数の推移とその特質 | ||
B 従業員の構成 | ||
1.男女別・年齢別・学歴別構成 2.職群別構成 | ||
C 従業員の社会的性格 | ||
1.給源—出身地と生家の職業 2.職歴—地域移動と職業移動 3.熟練の形 成—経験年数と勤続年数 |
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D 労働条件と労資関係 | ||
1.経営者の労働者にたいする態度 2.労働条件 3.労働者の対応 | ||
V 日立セメント株式会社 | … 関谷耕一 | |
A 沿革と生産状況 | ||
1.沿革 2.生産と需要 3.生産技術の性格 | ||
B 労働力の構成と労働条件 | ||
1.労働力構成 2.出身地 3.年齢および勤続年数 4.給源および労働移 動 5.熟練 6.賃金 7.福利施設 |
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C 日立地区における日立セメント | ||
第2章 近代的鉱工業の発展と他産業との関連 |
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序節 日立地区産業の進展とその綜合的関連 221 | … 福武直・隅谷三喜男 | |
A 日立鉱工業地帯発展の条件 | ||
1.日立鉱山 2.日立製作所 | ||
B 日立地区産業の綜合的関連 | ||
1.歴史的概観 2.現在における関連 | ||
第1節 日立製作所の及ぼした関連産業への影響 227 | ||
I 関連産業の育成—日製子会社の問題— | … 松本達郎 | |
A 概況 | ||
B 日立土地株式会社 | ||
1.一般概況 2.従業員の概況 3.製材部門 4.荷造係 | ||
C 日立電鉄株式会社 | ||
1.概況 2.現況 3.従業員 4.事業の将来 | ||
D 日立運輸株式会社 | ||
1.沿革 2.現況 3.従業員 | ||
E 共和運輸株式会社・東邦殖産工業株式会社 | ||
1.概況 2.共和運輸株式会社 3.東邦殖産工業株式会社 | ||
II 土建業 | … 松本達郎 | |
A 概況 | ||
B 沿革および現状 | ||
C 労働力の構成と性格 | ||
1.労働者 2.労働市場 | ||
D 日製関係の土建業 | ||
III 労働力の綜合的概観 | … 隅谷三喜男・関谷耕一 | |
A 日立地区の労働力市場 | ||
1.概況 2.労働市場の階層性 3.職業安定所の機能 | ||
B 日製従業員の階層 | ||
第2節 商業の展開 241 | … 山本秀雄 | |
I 人口増加と商業の発展 | ||
A 日立鉱山創設前 | ||
B 日立鉱山創設後 | ||
C 日立製作所創設後 | ||
D 戦後 | ||
E 多賀町の商業 | ||
II 商業の種類とその性格 | ||
A 概況 | ||
B 業種編成 | ||
III 商業資本=経営の性格 | ||
A 企業の構造 | ||
1.業態、経営形態 2.規模別構成 3.生業的性格 4.定着度—営業年数 | ||
B 資本の構造 | ||
1.量的構成 2.借入金 | ||
C 経営者の性格 | ||
1.年齢構成 2.学歴構成 3.出身地構成 4.生家の職業 5.前歴構成 6.資産 7.その他 |
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D 雇傭従業者の性格 | ||
1.性別構成 2.年齢構成 3.出身地構成 4.生家の職業 5.労働条件 6.勤続年数 7.雇傭の方法 |
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IV 供絵所との競合日立市商業が日立製作所及び日立鉱山の従業員の購買力に依存することはIで述べたところである.昭和28年11月1日現在における日立製作所関係の世帯数は4,387世帯,人口は22,466人,日立鉱山関係の世帯数は2,940世帯,人口数は15,257人であって,直接日製,日鉱に関係のある世帯は全世帯の55%,人口にして全人口の60%を占めるに至っている.このことは日立市商業の日製,日鉱従業員の購買力に対する依存率が55〜60%であることを意味するものでないことはいうまでもない.55%の世帯,60%の人口から流れる購買力は商業内を循環し,それによって業種間の相互依存が形成されているのみならず,購買力の流れは他の産業にも及んでふたたび商業へはねかえってくるのである.したがって,日立市商業はほとんど日立製作所,日立鉱山従業員の購買力に依存しているといっても過言でない.したがってまた,従業員の購買力が他に吸収されて縮小することは,日立市商業にとっては重大問題なのである.供給所問題が騒がれるのも,このような日立市商業の特殊な性格から発生するものである. |
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A 供給所の現状 | ||
B 商業者の態度 | ||
V 日立市商業圏の形成と性格 | ||
第3節 農業への影響 297 | … 大内力・塚本哲人・佐伯尚美・加藤正秀 | |
I 概況 | ||
A 問題の限定 | ||
B 調査報告の概要 | ||
II 豊浦町の農業 | ||
A 概況 | ||
B 土地問題 | ||
C 商業的農業の発展 | ||
D 労働力の移動 | ||
E 部落構造の変化 | ||
III 多賀町の農業 | ||
A 概況 | ||
B 土地問題 | ||
1.土地買収 2.農地改革 | ||
C 商業的農業の展開 | ||
D 労働力の移動 | ||
E 部落構造の変化 | ||
IV 日立市の農業 | ||
A 概況 | ||
B 土地問題 | ||
1.土地買収 2.農地改革 | ||
C 商業的農業の展開 | ||
D 労働力の移動 | ||
E 部落構造の変化 | ||
V 近代工業と農業との関連 | ||
A 土地の潰廃 | ||
B 商業的農業の展開 | ||
C 労働力の移動 | ||
D 農村社会の変貌 | ||
第3章 近代鉱工業の地域社会に及ぼした影響 |
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序節 近代的鉱工業と地域社会 357 | … 福武 直 | |
A 地域社会の膨張 | ||
B 鉱工業発展の影響 | ||
第1節 地方財政への影響 368 | ||
I 日立市の財政 | … 遠藤湘吉 | |
A 日立市財政の実態 | ||
B 市財政収入における事業所の地位 | ||
C 市財政支出と事業所 | ||
1.庁費 2.土木費 3.教育費 4.社会および労働施設費 5.保健衛生費 | ||
D 市財政の問題点 | ||
II 多賀町の財政 | … 高橋 誠 | |
A 多賀町財政の概要 | ||
B 町財政収入における事業所の地位 | ||
C 町財政支出と事業所 | ||
1.各種費目の実情(議会および役場費 警察消防費 土木費 産業経済 費 社会労働施設費 教育費) 2.財政支出と事業所との関係 |
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D 財政の問題点 | ||
III 県財政にたいする影響 | … 吉岡健次・遠藤湘吉 | |
A 茨城県財政の特徴 | ||
B 事業所と県財政の関連 | ||
1.県財政収入における日製・日鉱の地位 2.県の支出と日製・日鉱 | ||
C 総括 | ||
第2節 地方政治への影響 401 | ||
I 一般的景観 | … 藤原弘達 | |
A 問題の諸相 | ||
B 日立市政を中心とする地方政治の歴史的発展 | ||
1.戦前の状態 2.戦後の変化 | ||
II 日立市政への日製・日鉱の関与 | … 今井清一 | |
A 市政の機構と運営 | ||
1.市政機構の人的構成 2.市政の運営 | ||
B 選挙の様相 | ||
C 市政運営上の諸問題 | ||
III 市および隣接町村の政治全般に及ぼす影響 | … 今井清一 | |
A 柵内柵外の政治的断層 | ||
B 政党組織 | ||
C 隣接町村への影響 | ||
IV 町村合併 | … 弓家七郎 | |
A 日立、助川両町の合併 | ||
B 大日立市への合併の経緯 | ||
C 合併後の処置 | ||
第3節 教育と文化の実態 423 | ||
I 近代工業の発展と教育および文化 | … 福武 直 | |
II 日製、日鉱の労働者教育 | … 太田 尭 | |
A 日製労働者の教育 | ||
B 日鉱地区の教育体制 | ||
III 日立市における学校教育の実態 | … 太田 尭 | |
A 学校と地域との関係 | ||
B 教育活動の内容の実態 | ||
C 教師をめぐる問題 | ||
IV 子ども会と保育所 | … 太田 尭 | |
A 子ども会 | ||
1.子ども会成立と各地区による差異 2.子ども会の活動内容 3.子ども会 の幹部とその構成 4.表彰と競争 |
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B 保育所 | ||
V 日立市および日高村の生活文化 | … 大林太良 | |
A 家庭生活の諸相 | ||
1.食生活 2.家族計画 3.家庭生活の実態 4.結婚をめぐる態度 | ||
B 教養・娯楽と価値の方向づけ | ||
1.教養・娯楽 2.ヴァリュー・オリエンテイション | ||
VI 教育と文化をめぐる問題 | ||
A 教育のもつ問題点 | … 太田 尭 | |
B 近代技術と日立の文化 | … 大林太良 |
[解説]
調査目的と日立地域を選んだ理由について、本書の序言の一部を引用する。
国際連合を中心としてすすめられつつある戦後の世界経済建設の仕事は,後進地域の開発に主力を注いでいる.東南アジア,南アジア,中近東,アフリカなど,広大な後進諸地域に資本と技術とを導入して,徐々にその工業化をうながし,それによって後進社会の生活水準を向上させることが,世界平和の基礎を確立する重要な条件と考えられているからである.この大事業の進展は,もちろん大きなプラスをもたらすが,同時に,それにともなう種々のマイナスの面があることも,勘定に入れておかなければならない.考えられ得るマイナスの一つは,近代工業技術の急速な導入によって,後進諸国の社会生活の伝統が打ち破られ,古い文化や慣習や道徳と近代合理主義の思想や行動様式との間に,種々の摩擦をひきおこすことである.そうした事態がどのように発生しつつあるかを調査し,でき得れば,それを防いで,後進国の工業化を円滑に行うための方法を考えることは,現代の社会科学に課せられた新らしい任務である.[中略]
日本は,1868年の明治維新を転機として,古い停頓した文化をもつ封建社会から,急速に近代国家への衣替えを行い,それとともに近代工業技術を大幅に受け入れて,生産力の増大と資本の蓄積とをはかった.それによって,日本の近代化はすすみ,日本人の生活態度は,一面では大いに合理化された.しかし,その反面,伝統的な文化と新らしい社会生活様式とが対立し,新旧思想の衝突を起し,家族や村落の構成は変化し,労働関係を複雑化させ,都市と農村との間に摩擦を生じた.明治以来日本人の社会が経てきた80年は,そのようにしていたるところに発生した矛盾と,矛盾の調整のための努力との交錯の歴史であったといえる.[中略]
日本人文科学会は,昭和29年度の調査の主たる対象として,茨城県の日立市およびその周辺を選んだ.かつてこの地域には,太平洋岸に沿い,勿来の関を経て,仙台にいたる街道上に,助川の小駅があっただけであった.街道からやや離れた山間には,銅の産地があって,古くから採掘が行われていたけれども,それと地域社会との接触は稀薄であった.しかるに,いまから約40年前,銅山の経営がすすむにしたがい,採掘・精錬に用いる電気機具の修理を行っていた附属工場が,独立して日立製作所となるにおよび,工業化は急速にすすみ,企業の規模は加速度に膨脹した.そうして,株式会社日立製作所は,東京芝浦電気株式会社とならんで,日本最大の電機製造企業となり,日本鉱業株式会社の所有となった日立銅山も,近代的な鉱業として発達を遂げ,これら二つの産業を中心として,人口10万を越える日立市が出現するにいたった.
今から60年前の調査である。本書の出版の年の1955年に周辺町村を編入して日立市は拡大し、日鉱と日製の「鉱工業」地帯であった日立市も日製単独の「工業」地帯となり、「日立地域」も拡大し、そして近年に至って日立製作所と軍需産業の雄、三菱重工との部分的な事業統合が始まり、いずれ全社的な統合に至るのだろうと観測されている。1955年当時とは大きく変わっている。
そのような中で、本書は歴史的史料としても利用できる。つまり米軍の空襲、敗戦から10年たった1955年、戦後復興がなされた時期の日立地域が外部の目にどう映ったかを知ることができる。
余談だが、本書発刊から4年後の1959年に発行された『日立市史』が、本書を参照した形跡はない。なぜなのだろうか。日立市在住者および出身者で構成された『日立市史』の執筆者たちは、本書の記述にとまどったのに違いない。外部の研究者の目の冷ややかさを文章に感じたのかもしれない。郷土史を編む人々の地域に対する姿勢と天下国家を論ずるための地域分析の手法の違いなのだが、この二つのアプローチが交わることはあるのだろうか。