十四歳の戦争 —そのとき日立は戦場だった—

   はじめに

 昭和一ケタ、と、ひとくくりに呼ばれていますが、私たちの世代は、一歳違うと、戦争による体験が違っていて、お互いにわからないところのある変動の多い世代です。まして戦後四十五年、日本国じゅうの多くの都市が、かつて一面の焼け野原であったその痕跡すらとどめていない現在、戦争の体験を伝えることは困難になっています。そこで私たちは、私たちの体験を書き残したいと思いました。

 昭和二十年六月十日、日立市は一トン爆弾による工場爆撃を受けました。当時勤労 動員で工場で働いていた私たちは、偶然にも前日に休日出動したため、その日は振替え休日でした。もしあの日が予定どおりの出勤日であったら、多くの級友とともに命を失っていたことでしょう。不思議に助かった命、そんな思いで私たちは戦後の日々を生きてきました。

 記録文集の作成にあたって、一九八九年秋、私たちは、私たちの戦跡ともいえる日立工場を訪れる計画をたてました。折も折、その翌日、日立工場の工事現場から一トン爆弾の不発弾が出たとの知らせを受けました。四十四年前のあの日は確実に存在したのです。四十四年も経て、それも戦後はじめて訪ねようと計画した矢先に。私たちはあまりの偶然に驚きました。そして、やはり書き残すことが私たちにとっての使命でもあるのだと考えました。

 昭和十八年四月、茨城県立日立高等女学校に私たちは入学しました。昭和十六年に始まった太平洋戦争の戦局もきびしくなってきたころでした。

 そして昭和二十三年三月、日立高等女学校の卒業生として、また昭和二十四年三月、学制改革による新制高校の県立日立第二高等学校第一回卒業生として、二年度に分かれて卒業しました。

 私たちの女学校生活は、昭和二十年八月の敗戦を真ん中にはさみ、戦時下と敗戦後の混乱の中にありました。

 日立は、日立製作所と日立鉱山のある町です。私たちは戦争末期に、種類の異なる大きな戦火に三度も遭いました。しかし同じ土地に暮らしていても、その体験は一人一人違っています。戦後の日々の体験も、またそれぞれに異なります。戦災で散り散りになった友の中には、他の学校に転校したままの方、消息のわからない方、学業を続けることができなくなった方も多くおられます。

 私たちは、それぞれの体験を書くことによって、戦争の実態がより鮮明に具体的にわかっていただけるのではないかと考えて、学年全体で、記録文集を作りました。したがって、各自の手記は、当時の状況、体験、考えていたことをありのままに書くように努めました。そのため、たとえば来襲した敵機の数や落とした爆弾の数なども人によって違いますが、あえて統一せず、それぞれの記憶をそのまま記しました。

 この記録文集が平和な世の中を築いていくための一端を担うものになれば幸いと思います。

 戦火で亡くなられた先生、学友の御冥福を祈りつつ

一九九〇年夏 茨城県立日立高女昭和十八年入学生 戦争体験記録文集を作る会

内容細目

はじめに
戦火の中で
小さな慰霊碑 … 根本八重子 
戦災—その死線を越えて … 吉田キミ
道端の防空壕で助かった私たち親子    … 平井昭子
闇と閃光の記憶 … 圷 和子
一トン爆弾 … 皆川和子
灰色のマーチはもういらない … 富安磯子
四夜の退避行と姉の死 … 宮本清香
一瞬の恐怖 … 村山玲子
六月十日 … 吉田良子
三度の戦火を潜りぬけて … 野口節子
消えない悪夢 … 白土信子
命ある日 … 高塚富美子
時は過ぎ行く … 井坂千恵子
爆撃と買出し … 木村静枝
衝撃の日々 … 北沢繁子
忘れられぬ一日 … 助川幸子
戦火の中で … 皆川照子
私たちの女学生時代
モノクロの記憶 … 宇野沢磯子
十四歳の目覚め … 進士 郁
激化する戦禍の中で … 鈴木富士子
県下一の校舎から青空教室へ … 鈴木秀子
女学生の戦争体験 … 高田常子
小平記念館の丘に立って … 黒沢ハルエ
日立高女の思い出 … 鈴木美智子
遠い日の戦争体験を今思う … 関山昌子
筑波おろし … 岡野静江
戦中・戦後思い出すままに
女学生が受け止めた戦争 … 吉村こと
骨だらけのピアノ … 塚原ゆき
逃避行の夜空に舞う蛍の群れ … 伊藤きみ子
なつかしい菩提樹の歌 … 岩淵行子
思い出のまにまに … 杉田久子
私の女学生時代 … 柴田 静
ヒルとハンダづけ … 庭野春代
少女時代の思い出 … 佐々木裕子
忘れ得ぬ思い出 … 遠藤廣子
通学の思い出 … 矢野美津江
青春の小箱 … 橋本和子
戦中少女の雑感 … 大浦幸子
先代萩のことなど … 和田みよ子
激動の時代に生きて
あのころ、そして今 … 福田孝子
心の戦傷 … 青羽陽子
兄と李さんとカヤの木と … 橋本政子
母とともに生きて … 山崎智子
「水木」の思い出 … 永山礼子
戦火に耐えぬいて … 常松奈美江
ないない時代 … 山形多美子
厭戦の思い出 … 本城谷仁子
必死に生きた日々 … 樫村静子
勿忘草 … 白土操子
避難と空腹 … 田所節子
戦争の苦しみ … 佐藤博子
忘れられない四十五年前 … 小野栄子
疎開 … 東 洋子
華人のお返し … 関なおえ
終戦前後のわが家 … 鈴木敏子
死にもの狂いの日々 … 川勝秀子
友の胸中に生きていた戦争 … 河合満智子
永遠に平和を … 長山千代
鳩のねがい … 水野有利子
亡き師亡き友を偲ぶ
面影は永遠に若く … 進士 郁
早川先生と図書係のこと … 皆川和子
俤は今も顕ちくる … 坏 和子
作山綾子さんの想い出 … 皆川和子
チイちゃんミイちゃんの悲しい思い出 … 小池ひろ
二人の同級生を喪って … 宮本清香
焼夷弾攻撃と幸門幸ちゃんのこと … 柴田喜代
教師の目から
激動の中の教員生活 … 後藤美佐子
灰色の鍵盤 … 鈴木利子
今なお深い胸の痛み … 山本くみ
座談会 女学生時代を振り返って
資料 日立市爆撃の概要
年表 母校・日立・国内・世界の出来事
地図 日立市被災地概況図
あとがき