昔をしのぶ 方言俚謡集(都々逸調)

作者 運野健児

[解説]

「昔をしのぶ 方言俚謡集」は、日立市川尻町で採集された方言を「都々逸調」に仕立てています。B4の藁半紙に謄写版刷りされ、それを二つ折りにしてB5サイズ6ページの冊子です。鉄筆で文字をおこし、トテ馬車の絵を描き、そして謄写版のローラーを動かして刷ったのも作者にちがいありません。制作年はわかりませんが、おそらく1970年代と思います。「運野健児」さんはペンネームです。日立市川尻町のかたです。「うんのけんじ」。川尻の方ならすぐに思いつくのではないでしょうか。

方言の記録は単語だけをとりだして辞典風にまとめるのが一般的です。そうしたものとは異なり、運野さんの記録には、方言が生き生きと写されています。まさに言葉は文脈の中で意味をもつことがわかります。

1

 小腹がへった、野良仕事

停車場テイシヤバさ行ぐ トテ馬車通る ここさねしかれ めし喰うべぇー

  小腹がへる:ペコペコ程ではない  ねしかれ:すわれ

2

 いかめか、ケガすっとこだった

ざぁらしこたま さらってヨイショ しょったひょうしに つんのめる

  いかめか:もう少しで  ざぁら:落葉  しこたま:たくさん、うんと

3

 とっぱぐると大変だぞ

なぐろくっても びだまりゃしない がんけぶっちゃぶす 心意気

  とっぱぐる:過失  なぐろくう:大波をうける  びだまる:挫折する  がんけ:がけ・断崖  ぶっちゃぶす:つぶす

4

 かせぐにおいつく貧乏なし

夜の目も ねずに働く 人と馬 五十集いさば若衆 西歩き

  西歩き:川尻から大子、棚倉方面に魚を売りに行くこと

5

 予報は、雨だとさ

しこたましいれて このあんべぇじゃ からっきりだめだ きいちゃった

  しこたま:たくさん  あんべぇ:様子  からっきり:さっぱり
  きいちゃった:困った

6  昔しゃよがったなー

買よおー 鉄砲玉 ふたっつくんにゃ 一銭おいて もってぎな

  鉄砲玉:飴玉  くんにゃ:ください

7

 にんにゃかでいいなー 祭ちゃ

テンツク、テンツク 川尻ばやし おんもさも はやせ笛太鼓

  にんにゃか:にぎやか  おんもさも:思う存分

8

 ほんとげぇー

夜祭前よまーじめぇに こっせぇーでやっぺ 手拭て ぬげゆかだに 白がすり

  夜祭:旧六月の夏祭り  こっせぇでーで:作って
  手拭ゆかだ:手拭をつなぎ合わせて作ったゆかた

9

 きのこ取りにえんべぇー

たっかふむから ぢょんぢょをはきな めげぇかかえて やぶすこへ

  たっかふむ:ふみぬく  ぢょんぢょ:草履  めげぇ:目籠
  やぶすこ:やぶ

10

 やぁはながぎだ

いしゃれ とじなられ とんつくまなぐ かんぞうむすこが べんぞかく

  やぁは:弱い  いしゃれ:退け、さがれ  じなる:どなる
  とんつくまなぐ:キョロキョロ目玉  かんぞう:かわいい
  べんぞかく:泣顔

11

 遅刻? ぬれるとずつねぇーぞ

おままくったら さっさと出でげぇー ボッタもってげぇ 雨降っぞぉ

  ずつねぇ:気持ちがわるい  おまま:ごはん
  ボッタ:つぎはぎして糸でさした上衣

12

 腕白小僧「灸やく? だれぇばかし」

おえねぇがぎだと ばっぱやまおごる とっつかめぇーで やぇーし焼げ

  だれぇばかし:いやだ  おえねぇ:始末に困る  がぎ:子供
  ばっぱやま:おばあさん、祖母  とっつかめぇーで:つかまえて
  やぇーし:灸

13

 猫めが留守番

おっちゃま 漁だし おっかやま野良だ おどめてでげよ 学校さ

  おっちゃま:父  おっかやま:母  おどめ:赤ちゃん
  てでげ:つれていけ

14

 カゼひくにゃましだ

えしけぇんども かえちゃに 着てげぇ すこしゃぬぐいぞ ちゃんちゃんこ

  えしけぇ:わるい、よくない  かえちゃ:うらがえし  ぬぐい:暖かい  ちゃんちゃんこ:下着

15

 あぶねぇまねしんな

枝がおっちょれ いかめか川に つこでるところで 助かった

  おっちょれ:折れる  いかめか:もう少しで  つこでる:落ちる

16

 びしょびしょ、こんなやづぁえんねぇ

ただでやっから えせくせいうな ころっともってげぇ おがっくず

  えんねぇ:いらない  えせくせ:何だかんだ  ころっと:全部

17

 「め」は、にくらしのか、かわいいのか

豚め 鳥めに 猫めに犬め 蛇んめに蚊んめ 子はがぎめ

18

 おめぇ様もそうでぇんすかぁー

でぇんすでぇんすと ゆわめぇと思うが やっぱりでぇんすが 出んでぇんす

  でぇんす:です

19

 ●とんでもねぇーはなし

おはばにゃいえねぇ うそ八百だ でほらく語れと ちゃっけなす

  おはば:公然と  でほらく:口からでまかせ  ちゃっけなす:けなす

20

 薄情者はくじょうもん

いんが見たのに あいつら シャーシャー そくせぇー見ろと おひゃらがす

  いんが見る:ひどい目にあう  シャーシャー:平気  そくせぇー見ろ:ざまーみろ  おひゃらがす:冷笑する

21

 またげぇー、とんだこった

ぼやでよかった ゆんべも今朝も 川尻かっか 焼けかっか

  川尻かっか、焼けかっか:川尻への悪口

22

 とんでもねぇーあまだ

ちゃんがかせいだ金 おっかぁが ちゃあらもっこに してくさる

  ちゃあらもっこ:粗末にする  してくさる:してしまう

23

 おらぁ、こられきれなかった

でれすけ野郎と ひんまじかれて めったんぼしに かぶっつく

   ひんまじく:悪口を言う  めったんぼし:無鉄砲  かぶっつく:くいつく

24

 けんかか? じなってるぞ

アーこのてめぇー ぶっころされんな こんちきしょうめ こんどろぼう

  じなる:大声をたてる

25

 三道楽

ばくち打ったり 茶屋りしたり 娘売っとばす 呑んべ野郎

  茶屋上がり:料亭に通って遊興にふける

26

 せつねぇー はなし

にっちもさっちも えがなくなって かわぇーそうだな せりはらい

  せつねぇ:苦しい、悲しい、貧しくて困る
  せりはらい:家財道具一切を買い手、売り手きそって値をつけ売り払う

運営者から

優れた仕事を埋もれさせるのはもったいない。亡くなられているという運野さんに無断で掲載させていただきました。おゆるしください。