瀬谷義彦 ひたち史余話

  1986年刊 日立市民文化事業団 

まえがき

活弁時代の思い出 連鎖劇と常設映画館

あれはなにか 県立日立中学の誕生

二つの古戦場 甕の原合戦と相馬碑

会瀬村の生んだ蘭医・柴田方庵 種痘の先駆者

忘れられた八景 会瀬・川尻・大久保・河原子・久慈など

水戸光圀の残した謎 万年太夫の像と八幡つぶし

甦えった諏訪の水穴 数々の伝説を生む

藤田東湖の詩碑 河原子と泉が森

なつかしき日立の名物 川尻たたきと大甕まんじゅう

地名あれこれ 助川・入四間・釈迦堂・逃山など

目出度い地名 日立・多賀・久慈の由来

メキシコヘの雄飛(一) 会瀬村の恩人たち

メキシコヘの雄飛(二) 関伊三郎さんの日記から

メキシコヘの雄飛(三) 郷里に消防車・青年会旗などを贈る

常磐線開通のころ(一) 石炭運搬に主役

常磐線開通のころ(二) 鉄道唱歌に大甕・下孫・助川の名も

明治・大正時代の鉄道沿線案内 泉が森・河原子海岸・高鈴山・八幡清水など

有志の熱意で建てられた歌碑 長塚節と島木赤彦

久原翁の塵外堂 大雄院、千年杉の里帰り

今はなき鮎川浜の焼石湯 名湯に島木赤彦らも

日立にゆかりの深い長久保赤水 江戸時代の偉大な地理学者

漁業の父・久慈浜の三代芳松 萬祝をはおった銅像

版画の大家・川瀬巴水 名作河原子・水木・シオン学園風景

隠れていた絵馬 助川村殿畑の不動尊

政治家大津淳一郎(一) 新発見の履歴書

政治家大津淳一郎(二) 養高園あとに残る獅子像

シンボルマーク 昔と今 家紋と社章

暮市と正月飾り 久慈浜・多賀町・平和通りなど

留村出身の大内正敬(二) 江戸時代の農政学者

留村出身の大内正敬(一) 農民の立場での改革論

復元された暇修館 庶民教育に貴重な足跡

復元された暇修館(二) 百三十年ぶりに発見された見取り図

あとがき