史料 照山修理伝説 4 

石川慎斎「水戸紀年」 文政10年(1827)

 『茨城県史料 近世政治編I』

檢地ノ時、久慈郡[多賀郡]金澤村荘屋修理、其村ノ檢地ヲ免レンコトヲ請ヘトモユルサス、屢頻ニ請テ強訴ニ及ヒ、途[遂]ニ刑セラル、然レトモ彼カ忠實庇蔭ヲ以テ縄ノビタリ、村民其恩ニ感シテ今ニ至ルマテ年々正五九月修理念佛トテ村民集會シテ修スルト也

[現代語訳]

検地の時多賀郡金沢村の庄屋修理は、金沢村の検地を免れようとして願いでたが、許されなかった。そこでしばしば願いでて、強訴におよんだ。そしてついに刑に処せられた。しかし彼のおかげで検地はゆるめられ、村民は恩に感じて今に至るまで年々正月・5月・9月に修理念仏として村民が集会して祭りを行っている。

[石川慎斎]

実名は清秋、通称儀兵衛、慎斎は号。享和元年(1801)水戸藩に出仕。弘化元年(1844)致仕。嘉永4年(1851)に79歳で没す。