日立現代史年表 1945−67年
昭和20〜42年

この年表は、「日立の現代史の会通信」に掲載していたもので、1967年まで作成されている。年表事項の出典は、新聞記事をはじめ企業史(たとえば日立工場五十年史・日立鉱山史)・行政資料(たとえば日立市報)などである。

  1. 1945年 昭和20
  2. 1946年 昭和21
  3. 1947年 昭和22
  4. 1948年 昭和23
  5. 1949年 昭和24
  6. 1950年 昭和25
  7. 1951年 昭和26
  8. 1952年 昭和27
  9. 1953年 昭和28
  10. 1954年 昭和29
  11. 1955年 昭和30
  12. 1956年 昭和31
  13. 1957年 昭和32
  14. 1958年 昭和33
  15. 1959年 昭和34
  16. 1960年 昭和35
  17. 1961年 昭和36
  18. 1962年 昭和37
  19. 1963年 昭和38
  20. 1964年 昭和39
  21. 1965年 昭和40
  22. 1966年 昭和41
  23. 1967年 昭和42

1945年  昭和20年

2.1 市内相賀館、無期限の配給業務休止館となる
3.- 日立市と多賀町に東京大空襲罹災者の受付所設置
3.- 日立市にトンネル式大防空壕、市民の労力奉仕で竣工
5.- 日製、製塩所を設け自家製塩に着手
6.3 市役所で日立市国民義勇隊結成式
6.10 B29による空襲。日製海岸工場一帯、1トン爆弾により壊滅
6.15 日立電鉄の大みか–鮎川間路線延長工事、運輸省認可期限のこの日まで完成せず(完成は1946年)
7.17 朝、艦載機来襲。午後11時過ぎから翌日零時頃にかけ艦砲射撃
7.18 昼過ぎ艦載機来襲、日鉱病院前にロケット弾投下
7.19 午後11時過ぎよりB29の焼夷弾攻撃を受ける。市街地ほとんど消滅
7.23 宮田国民学校で学童疎開希望者の調査開始。25日の締切りで集団疎開希望者124人
7.26 B29一機来襲。山手工場そばに投弾、鉱山電車軌道破壊。数人の死者を出す。原爆投下訓練
8.22 日立市、久慈町、多賀町、豊浦町など戦時災害県税減免条例により戦時災害地方に指定される
9.1 アメリカ占領軍第一騎兵師団、日立に進駐
9.7 戦災前の第二次強制疎開で家屋の取り壊し、移動をした市民への支払い実施
9.15 日立電鉄社長高島秀吉、日立市長に就任
9.24 戦災で焼失した市立中学校、日製青年学校に移転し、開校
9.- 日立工場、罹災従業員のために鍋、釜、フライバン、中華鍋などを鋳造開始
10.- 日立電鉄の日立–太田間バス復活
10.- 日立ガス、日立セメント復旧工事を開始
10.- 戦災を受けた日立市の無集配郵便局のうち日立工場構内、上町、下町の3局は廃止となる。存続は本山、鉱山、本町、東、兎平、会瀬、寿町の7局
10.- 日立局は電話の復旧工事にかかる
11.1 この日現在の日立市人口は3万8525人、前年10月に比して5万4千人余の減少
11.18 日立鉄心会のメンバー、日立市政会を結成
11.19 日立市仮設住宅500戸の建設に着手
11.26 日立鉱山の中国人778人帰国のため日立を出発
11.- 日立鉱山の朝鮮人の75%が帰国を完了
11.- 多賀町で野菜小売業者の買出しによる店頭販売が始まる。
11.- 市役所は復興対策部を新設し、焼跡の整理を開始
12.1 日製多賀工場、農機具・電熱器・鍋・釜などの製品、戦後初の出荷
12.9 多賀町の自由青年党総会。町長の辞職・軍需品払下げ品の明細書公表・戦災者への木材配給など町政改革につき決議。
12.13 日製日立工場の従業員組合結成準備会、桐木田の旧温交クラブで開催
12.15 日鉱、棹銅炉操業を再開。日製多賀工場従業員組合結成
12.16 日鉱本山労働組合結成大会(1946年1月9日創立)
12.24 日製多賀工場の社員組合結成
12.25 市役所前の急造バラックで日立市営食堂開業
12.26 日立の戦災住宅建設、住宅建設営団との契約を解消して、一般住宅は市直営で、日鉱・日製関係は会社が独自に進めると決定
12.- 日製日立工場で待過改善。一般工員3割、役付2割などの基本賃金値上げを11月にさかのぼって実施
12.- 日立市の復興住宅建設、当初計画の500戸から36戸に変更
12.- 日立市で11月調査人口より配給人口が約1万人多く問題化

1946年  昭和21年

1.15 日立製作所日立工場労働組合結成大会、会瀬グランドで5100余人参加
1.16 日立鉱山労働組合(大雄院)創立
1.28 日立工場社員組合結成大会
1.31 日立工場労働組合、初の要求書提出
2.3 日立郵便局従業員組合結成、組合員118人(組合長古谷野吾)、団体交渉確認、5倍の増俸、宿直夜勤手当5倍増額、被服貸与・住宅料・通勤費の支給外4項目を要求
2.17 日立製作所労働組合総連合結成
2.18 日立総連合、第一回の要求書を提出
2.19 日立市公営青果物荷受組合、18万円の赤字を出し、解散。出資者の日立市2・日鉱3・日製5の割合で赤字分を負担
2.- 多賀工場で足踏み式脱穀機完成
3.14 日立市職員労働組合結成(初代組合長鏑木昌儀)
3.- 日本社会党日立支部結成のための第1回連絡会開催
3.- 日立市経営の市民食堂廃止
3.- 多賀町の4青年学校統合
4.1 衆議院議員選挙、坂本村茂宮の大津桂一(無所属)当選
4.12 日本鉱業(株)労働組合連合会結成
4.- 多賀工場に製塩工場完成(47年2月に廃止)
4.- 日立工場、民需物資生産重要事業場として商工省の指定を受ける
5.1 初のメーデー、日立工場・日立駅・関東配電・日立水道・日立ガス・日立市役所・日立郵便局・日立セメントの各労組参加
5.1 日立市の欠食児童1393人(在籍児童数の2割弱)にのぼる
5.9 日本漁民組合久慈浜支部結成大会
5.21 日立工場社員・工員組合合併し、日立工場労働組合を結成
5.- 多賀町の製塩業者150人、協同組合結成に動く
5.- 多賀町の進駐軍引揚げ
6.1 多賀工場労組、第一次労働協約締結
6.6 戦災都市復興事業の処理のため多賀町・豊浦町に戦災復興事務所設置
6.10 日立工場労働組合、第一次労働協約を結ぶ
6.27 日立市、多賀町の復興都市計画決定(9月9日認可)
6.29 日製多賀工場の社員・従業員組合は統合し、多賀工場労働組合を結成
6.- 日立合同タクシー再開(川崎治・大津平八郎の経営)
6.- 多賀町立多賀青年学校、多賀工場分教室を開設
7.6 日鉱電錬工場復旧、月300トンの電解設備完成
7.26 日立市・多賀郡・久慈郡の教員、茨城県教職員組合協議会を結成
7.- 多賀工場で進駐軍納め130インチ天井扇2000台完成
8.31 戦災により焼失した日立市の国民学校5校のうち宮田国民学校13教室が再建
8.- 日立市食糧営団支所、戸の内に精米加工所を新設
8.- 多賀工場で電動脱穀機試作品完成
9.9 日立労組、警防班長の除名を決議
9.- 豊浦町で農民組合結成
9.- 日立電鉄、日立–多賀間バス復活
10.- 日立市で都市計画実施のために焼け跡の整理に着手
10.- 日本社会党日立支部、党員50人により結成
11.18 昭和天皇、日立市の学校・鉱山を視察
11.18 多賀工場労組、社工員身分撤廃・最低賃金制度確立の要求書提出
11.28 日立工場部課長会結成(会長に総務部長の萬田五郎、会員48人)
12.9 日立市連合青年団、東宝劇場で結団式
12.23 日立総連合、賃上げ・社工員身分撤廃を要求し、ストライキ(26日迄)
12.30 日立市初の市営住宅28戸を大字助川字中アラクに建設
12.- 石井県会議員・五来清・深作万之助らによって日本社会党支部が久慈町に結成される
12.- 日立市長と職員組合との団体協約に市会が修正を要求
12.- 会瀬小学校・多賀第二小学校・東小沢小学校、新教育研究校として茨城県より指定される(県内60校指定)

1947年  昭和22年

1.21 日立総連合が昨年11月9日に要求した社工員身分撤廃・最低賃金制確立・労働協約改訂について会社側と協定を結ぶ
1.23 日立市役所主任会は組合運動に「行過ぎ」ありとして、市長に粛正を要求
1.26 日立・多賀工場労組、全日本機器労働組合茨城支部日立・多賀分会に改組
1.27 日立市役所職員組合は大会を開き、2.1ゼネストに不参加を決定
2.- 日立市役所職員組合内紛表面化
2.- 日立市の学校復旧費が不足し、学校が父兄に寄付を求め問題化
4.1 多賀中学校・久慈中学校開校
4.5 地方自治法による初の市町村長選挙。日立市長に当選した高島は社会党党友。として日立労組の全面支援を受ける
4.10 新憲法に基づく初の総選挙。萬田五郎・石野久男・山崎猛当選
4.30 県議会選挙、日立市定員一名、大部市郎(社会党)当選
4.30 市町村議会議員選挙
5.3 本山・助川・日高・豊浦・坂本・中里中学校開校
5.10 日立市で町内会(常会・隣組)廃止(3月に実施ずみ)にともなう処置として10か所に出張所を設ける。出張所には1〜2人の事務員等を置く
5.31 日立市の警防団、消防団に改組。本部と6分団105人で構成
5.- 日立市の住宅復興状況はようやく12%に達する。罹災戸数1万4000戸余りに対し1819戸が復旧
6.1 シオン学園幼稚園・夜間英語学校開校
6.1 日立市の小学校、再建なり、青空教室での授業はなくなる
6.5 日立鉱山は借地中の土地1万3421坪を購入
6.27 多賀工業専門学校学生大会開催。3教官の追放を決議
7.30 日立市都市計画区画整理委員会委員選挙、9月30日に延期。29日の市会で委員定数30人の内地主側23人・借地人側7人という比率に反対意見が出て混乱。9月中旬になって地主側20人・借地人側10人と決まり、9月30日施行
8.13 日立市では茨城軍政部民間情報教育部から贈られたアメリカの新聞・雑誌・図書を市民に公開するため図書室を開設
9.1 電線工場、日製日立工場から分離し日立電線工場となる
9.1 日立電鉄、常北太田–鮎川間営業開始
9.7 日立鉱山復輿会議結成
9.15・16 カスリーン台風は宮田川流域に大きな被害をもたらす。日立鉱山関係者を中心に死者28人、行方不3人、流失家屋23戸、全壊18戸、半壊129戸、床上浸水126戸
9.27 日立総連合、生活赤字補填一時資金を要求し、無期限のストライキを指示(12月1日終結)
9.27 組合結成のため解雇された神永製作所安島捨次郎外二人、地労委に救済申立。10月8日斡旋解決し復職
9.28 天皇の代理として高松宮、カスリーン台風被災地を視察、被災民を見舞う
9.- 日本鉱業労働組合連合会は社鉱員の身分差別撤廃に関する要求書を会社側に提出。12月11日「身分差別制度撤廃要綱」協定
10.1 日立・多賀工場長期ストに突入。日立工場11月13日、多賀工場11月12日就業
10.19 この日から3日間、日立美術協会(この年6月に発足)主催の第一回美術展開催。出品数161を数える
10.- 戦時下に磐城セメント(株)に統合された常陸セメントは再ぴ独立
12.1 坂本村の小作代表ら県農地委員会に対し、同村農地委員会の運営が地主的・反民主的だとして解散を要求し陳情
12.10 電線工場分離にともない日立電線労組結成大会開催
12.16 日立工場塗料課は山崎工場部に昇格する
12.16 週刊『日立自由新聞』(発行者渡辺長太郎)恐喝の疑いで摘発

1948年  昭和23年

1.7 日立市に山火事、国有林・日立鉱山有林200町歩以上を焼き、8日鎮火
1.10 県は坂本村農地委員会に地主側にかたよった農地解放がなされているとして総辞職を勧告
2.1 日鉱、排煙処理硫酸工場建設の検討を開始。1951年1月31日完成
2.11 社会党日立支部大会、日製クラブに開催。支部長大部市郎県議辞任、萬田五郎代議士を推薦。日立電鉄の日立市乗入れ運動に協力などを決議
2.17 日立市に同胞引揚促進期成同盟会結成式
2.19 水戸検察庁、日製山崎工場の倉庫を物資退蔵の疑いで捜査
2.23 坂本村農地委員会は県農地委員会に辞表を提出。
2.24 日製日立労組は753人の配置転換を条件付きで承認
3.- 日立製作所供給所の独立採算制実施
3.- 日製日立電線工場に文化会発足
3.-日立市警察署開庁。署員69人、派出所6、駐在所3
4.1 日立市立中学校は県立日立第三高等学校(5月10日に県立日立工業高等学校)、県立日立中学校は県立日立第一高等学校、県立日立高等女学校は県立日立第二高等学校として開設(15日開校)
4.1 シオン学園高等部開校(1954年茨城キリスト教学園高等学校と改称)
4.15 私立助川高等家政女学校は日立女子高等学校として設置
4.- 日製日立研究所水力実験室復旧完成
4.- 多賀工場の建屋復旧が一段落
6.6 多賀町に高萩共同病院分院開設。内科・小児科の診療を開始
6.26 官立多賀工業専門学校(多賀工専)全校スト
6.- 日立電鉄労組、私鉄連盟からの脱退を表明
6.- 会瀬で定置漁業からの脱却を目指す阿部五作、柴田政市の所有船7隻にトロール漁業許可
7.10 電産茨城支部日立分会、危機突破資金を要求し事務ストライキ
7.- 戦時中に東京ガスに合併した旧日立ガスは、業務が平常に復したとして東京ガスから独立を計画、東京ガス日立営業所労組は反対を表明
8.22 全逓日立支部、公務員の団体交渉権・罷業権などを否認する公務員法改悪に反対し、職場放棄
8.23 水戸検察庁、全逓日立支部24時間職場離脱者19人を取調べ
8.24 日立郵便局前の人民大会に国警の応援を得た武装警官乱入。参加者約60人が負傷者する(8.24事件)
8.31 8.24不当弾圧糾明人民大会、1万余人参加、日立警察署長交渉
8.- 日立電線工場の第2伸線工場と桜内巻線工場が完成
8.- 全日本機器労組多賀分会、多賀工場の工場長・副工場長の転出を拒否。10月工場長転出し、多賀分会は工場長に感謝状を贈る
9.1 日鉱、社員・鉱員の身分差別制度完全撤廃
9.9 全逓日立支部、執行部に大量処分者を出したため、執行部を改選。15日職場大会を開催し、「反共的態度」に方針変更を表明
9.10 日立市立平沢中学校開設
9.26 日立商工会創立、会員275人
9.- 日立電線工場の電力ケーブル生産、過去最高を記録
10.1 日立水道(株)が市営となり、業務開始
10.19 17日に日立電線工場で従業員の感電死事故が起き、従業員は安全確保を求めて21日まで職場就業を拒否
11.7 持株会社整理委員会、日立製作所所有の日立電鉄株放出命令
11.15 県労連、日立地区市民大会を桐木田グランドに開催。最低賃金制確立・吉田内閣打倒・国会解散・公務員法改悪反対等を決議。1万人余が市内をデモ行進
12.20前年の平沢中学校建設に引き続き、助川中学校完成
12.- 日立市と日立警察署は青少年の夜歩き禁止の条例制定に動く
-.- この年、日製日立工場の外注工場急増

1949年  昭和24年

1.- 日立製作所日立工場の変圧器、製罐、回転機の各工場復旧
1.- 昨年の八・二四事件に関して日立地協を中心に日立市公安委員のリコール署名運動起こる
2.8 日立市公安委員解職要求署名は1万1683人に達し、市に署名簿を提出。署名に無効が多数出て3月12日再提出
2.21 日立鉱山労組、24時間ストライキ
2.22 日立鉱山で煙道爆発、死亡3人、重軽傷者10人をだす
3.8 国際婦人デー。日立総連合日立分会の婦人組員は会社側の代表参加案に日立会館での大会に全員参加を強行
3.20 日製日立、電線工場労組、労働協約改悪反対で24時間ストライキ
3.- 日製、財閥解体を免れる。日立工場は小名浜、高萩、東館、下野宮の各休止工場を閉鎖することで許可
3.- 諏訪鉱山で新選鉱場完成
4.6 日製多賀工場労組、労働協約・就業規則改訂で24時間ストライキ
4.19 茨城キリスト教短期大学開学
4.23 八・二四事件で水戸地裁は全逓日立支部長ら12人に懲役・罰金の判決
4.- 銀座通りの30メートル拡幅に地元商店街は市に反対を陳情
5.10 日立鉱山労組、賃金交渉決裂により24時間ストライキ
5.- 茨城大学工学部(旧多賀工業専門学校)開設
6.14 日立工場、組合専従者への給与打ち切りを通告。9月15日、組合員の福利費を増額し、それを組合専従者の給与として組合が徴収することで妥結
6.28 日立電鉄は経営難を理由に従業員300三余人の2割にあたる57人の解雇を組合に提示
6.30 日製下請37社、日立地区工業協同組合を結成。53年1月27日、日立製作所下請工業協同組合、61年日立製作所工業協同組合と改称
7.- 日立電鉄の57名解雇問題で組合は解雇拒否を決めたが、これに主任以上の組合員は反発し対立
7.21 日立電鉄労組員風間利定ほか8人、解雇取り消し団交開催。救済を地方労働委員会に申し立て。9月27日地方労働委員会の和解勧告を両者受諾。風間ら退職
8.28 日立市で産業文化博覧会開催(7日まで)
8.30 政府の銅価格差補給金制度廃止問題で日立市議会はその存続の請願書を通産省などに提出(10月廃止)
9.11 日立総連合日立分会第六回定期大会開催。社会党、共産党両派の対立激化民同派大幅に進出。13日小林孝正は役員を解かれ勤労課に復帰
9.- 日立市の戦災復興都市計画事業は資金不足から計画を3分の1に縮小の方針を固める
10.7 衆議院法務委員会は日立市における大部市郎県会議員に対する神山組の暴行事件(8月末発生)で日立警察署及び水戸地方検察庁が被疑者へ有利な捜査・処分をしたとして現地調査を行うことに決定(21日調査実施)
10.11 日製、茨城四工場の輸送合理化のため日東運輸株式会社設立を組合に提示(50年2月26日設立、52年11月日立運輸に改め、本社を日立工場内から東京に移転)
10.- 日立電線工場、ケーブル工場復旧
11.1 長山画廊で第1回日立アンデパンダン展開催
11.21 小林孝正に九州営業所への転勤発令
11.30 日鉱で鉛製錬操業中止
11.- 日製、相模製造所(旧相模陸軍造兵廠を買収し、小松製作所と提携してトラック、建設機械の製造を計画)設立に伴う2000人の配転実施。茨城地区から500人
12.- 大部市郎事件に関し衆議院法務委員会は八・二四事件を含めて暴力団と警察の関わりを否定し、検察と警察に過失なしと発表

1950年  昭和25年

1.12 日立総連合日立分会、全員投票の結果70%の賛成でストをかまえて小林孝正配転反対を決議
1.26 日立観光協会発足
1.31 日立鉱山、全泥浮選操業開始。月2万トン処理
1.- 日立市で市営の国民健康保険開設のための世論調査を実施。4月に賛成73%の結果公表。11月、運営の行き詰まりを懸念して実施を見送ることに決定
2.2 失業反対同盟を中心とする失業労働者300人余は「職よこせ」と日立市役所に交渉。検挙者7人をだす(二・二事件)。300人は検挙者の解放を要求して日立警察署に集合。3日、完全就労と二日間の時間給を要求して職安と市役所に示威行動
2.5 日製、4日付で小林孝正解雇を通告。10日日立分会は水戸地労委に救済を申立。15日水戸地裁に仮処分申請
2.21 日立総連合日立分会の執行委員選挙で小林孝正、副委員長に最高位当選
2.23 日立市で失業反対同盟を解消して日立自由労働者組合結成
3.25 久慈浜造船は経営難を理由に全員解雇の通告
3.- 中里村入四間地区の日立市への統合問題で日立市は調査を開始
3.- 多賀地方質屋組合は日立市の公益質屋開設計画に対し市議会に反対の陳情
3.- 日立市の弁天池付近に簡易裁判所・検察庁・法務局・労政事務所・労働基準局の敷地割当が決定
4.18 日立市で県内初の保育所(神峰保育所)開所
4.20 日立信用組合創立総会、日立市・多賀町・日高村を区域として中小商工業者33人が加入
4.20 日立総連合茨城地区闘争委員会は宣言を発し、多賀分会を除いて1時間スト
5.1 日立市への中里村入四間地区統合問題で日立鉱山事務所において第1回の両者代表会議開催
5.1 日立市役所は九支所を廃止し、宮田・助川・会瀬に出張所、日製と日鉱に委託出張所を開設
5.1日立市、常設消防を設置。署員17人採用、配置
5.8 日立製作所は「当社の現状と今後の経営方針」において5555人の解雇を発表
5.10 日立総連茨城地区四分会は24時間ストライキを行う。日立工場本館前の合同大会に1万3000人参加
5.12 日立市・多賀町・勝田町議会で日製問題対策連絡協議会を結成。毎週火曜日に会合開催を決める
5.19 日立市全員協議会は日立工場・電線工場に解雇問題につき申し入れ
5.20 日製は希望退職者の募集を開始。日立工場総合社宅婦人会闘争本部を設置し、二三日には「平和を守るための1万2000円獲得婦人大会」開催
5.23 臨時県議会始まる。日製の解雇問題で決議
5.23 日製は組合との交渉を打ち切り、解雇実施通告文を送付。24日解雇予定者宛通知書発送。27日被解雇者の職場立ち入り阻止を指令
5.27 常東農民組合は日立工場労組に解雇反対支援の物資を差し入れ
5.30 日立総連合は東京地裁に解雇無効の仮処分を申請
5.- 日立鉱山で大雄院金鉱選工場・電錬銅粉工場・選鉱中砕場など総合運転設備完成
6.1 日立市緊急市議会開催。解雇撤回と治安確保を日製に要請
6.1 日立市への入四間地区統合問題で両者に合併委員会設置
6.3 日立総連合茨城地区四工場分会は解雇撤回の総反撃大会を開催
6.10 日製は各工場分会の闘争の強弱により三段階に分けて受注制限作戦を開始
6.10 日立空襲記念平和を守る大会開催
6.14 久慈町長ら日立工場を訪ね、人員整理につき「善処方を要請」
6.20 日製解雇反対闘争で多賀工場4人、亀有工場9人検挙される。22日には電線工場で11人検挙される
7.1 日立総連合日立分会、小林孝正副委員長の「ロープ事件」起こり7人検挙
7.4 日立総連合茨城地区闘争委員会、無期限ストライキを決定
7.7 日立製作所、日立工場をロックアウトし、賃金不払いを発表
7.11 日立総連合多賀工場分会は戦術を転換し妥結。無期限ストライキ中止を指令。17日日立分会も妥結
7.17 県地方課・国警県本部は県内の「アカハタ」分局などを急襲。同紙および類似紙の「やまの灯」(日鉱本山細胞)、「大煙突」大雄院細胞)、「はぐるま」(日立工場細胞)など10紙を押収し、発禁処分にする
7.22 日立総連合茨城地区闘争委員会は四分会委員長連名の「決意表明書」をだす。小林孝正ら11人を水戸地検起訴
8.10 日立総連合と日製は協定書及ぴ協定書確認事項に調印。5555人の解雇と賃上げゼロを組合側は了承し、日立争議は終結
8.- 日立市の水不足解消のため平沢に水源地増設を決定
9.8 日立総連合日立分会は全金属を脱退
9.- 日立電鉄の市内乗入れに先だって市内循環バスの運転が決定
9.- 日立市は住民税引き下げによる減収対策で、日製は納税引当貯金を始め、会社が住民税その他の納税を代行することに決まる
10.20 日立鉱山で19人レッドパージ
10.25 日製、レッドパージ整理要綱発表。日立工場10人該当
10.27 日製、各工場にレッドバージ通告
11.19 日製労使はレッドバージに関し特別人員整理協定を締結
11.29 日立市商工会は(社)日立商工会議所と改組。会員532人
11.- 食糧公団日立支所の配給所での主食配給を米屋に引き継ぐことに決定
12.30 日立市戦災復興都市計画及び区画整理事業、全体の50%完成
12.- 中里村入四間地区の日立市への統合問題で、中里村は難色を示す
-.- 日立市身体障害者福祉協議会設立
-.- 日製日立電線、戦後初の黒字

1951年  昭和26年

1.16 日製日立工場、職務区分制度制定、給与制度改訂、実働7時間30分に延長
1.31 日立鉱山、排煙硫酸工場操業開始
1.- 日立市、市役所職員組合の給与増額要求(17日)を拒否
2.20 日立市で小学校の完全給食始まる
2.26 東小沢村で中学校建設問題をめぐって村議会総辞職
2.- 日立市内の公衆電話、5年ぶりに復活
2.- 日立市で身体障害者福祉日立協会結成大会開かれる
3.31 豊浦町中学校竣工式
3.- 日製日立工場と日立労組は労働協を締結。2年聞の無協約状態を解消
4.14 日立市助川で掘り出した焼夷弾が破裂、一人死亡
4.23 日立市長に高島秀吉が無投票当選(2期目)。中里村長松本尚美、久慈町長三代利七、坂本村長大砂武雄、多賀町大窪定一、日高村長志賀倉之助当選
4.27 日立鉱山労組、賃上げ要求で無期限ストライキ
4.- 日立市都市計画36メートル道路(日立停車場線、12月平和通り)完成
5.- 日製日立工場、連合消防隊(223人)の結成式を挙行
5.- 国民健康保険組合茨城支部、日製日立病院・多賀病院に結核療養所設置を決定
6.28 日立駅前商店街(旭町など)は、新駅開設問題、海水浴客対策を協議するため駅前協栄会を結成
7.1 国鉄バス、北常陸線(豊浦町・大子間)開設
7.10 日立電鉄、日立市宮田から中里村大字入四間木の根坂までのバスを東河内まで延長
7.14 日製日立工場、「経営状況の周知と従業員相互の融和を目的」とする工場新聞『日立』創刊
7.25 常陸セメント、19人の解雇を通告
7.- 多賀町第一農協、多賀町農業協同組合改称し、出資額を105万から300万に増資
7.- 会瀬の定置漁業権をめぐり丸大水産と会瀬漁協が対立。両者は漁業権交付を申請。8月、会瀬漁協は丸大水産に条件付きで譲ることで解決
8.11 日立工場労組労働会館落成式
8.28 多賀町議会、自治体警察の廃正を決議。20日の住民投票も廃止を選択
9.15 日立市で平沢水源地竣工。給水能力を2000トン増し、給水戸数3780戸となる
9.25 日立市連合婦人会、講和条約締結を機に国旗掲揚運動を始める
9.30 日立鉱山、排煙硫酸工場の操業開始により煙害半減したとして、瑞竜気象観測所を閉鎖
9.- 久慈港、国の避難港に指定
9.- 日製日立工場、文化部と体育部を一本化して、「日立会」を結成
10.- 日立市警、日立地区自由労務者組合の賃金要求に日本共産党員が介在しているため捜査を行なっていると発表
10.- 日立・多賀建築労働組合(組合員65人)結成
11.12 日立市の朝鮮人30人余は、朝鮮本国送還問題で日立地区自由労務者組合の支援を受けて市長交渉
11.16 日立地区自由労務者組合は日立市に越冬資金1500円を要求、19日、市は一部の要求を受け入れる
11.22 日立市警、占領軍を非難するパンフを所持していたとして覇鮮人を逮捕
11.27 多賀町下孫のドブロク仕込の朝鮮人10人、酒税法違反で検挙漬君法違反で検挙
12.20 日立地区自由労組、拒否された越年資金を再要求して日立市役所に200人集結。翌日、病気療養中の市長に面会を求めるが市警察に阻まれる。26日、市は日立自由労組に越冬資金500円支給を回答。これを不満とする自由労組は日立職安に交渉
12.- 日立郵便局と日立鉱山郵使局の電話合併なる

1952年  昭和27年

1.15 在日大韓民国居留団日立支部結成。旧朝連系と小競り合い、警官と衝突。18日二人検挙さる
1.22 戦争犠牲者茨城県有志懇談会の日立市鈴木陸奥夫ら21人は、国家補償を求め国会に陳情
1.- 日立市内のパチンコ業者は日立地区遊技場営業組合を結成
1.- 日立市新道通りの露天商25人は、市の新道舗装にともなう立ち退き指示にたいし、代わりに平和通りでの営業を認めるよう市議会に陳情
1.- 日立市と水戸市は国の市営水道支栓料と浴槽割増料金廃止指示に反対を表明。3月12日物価庁は指示を撤回
2.9 日製日立病院内に建坪320坪、50床の結核療養所竣工
2.25 五〇年日立争議で起訴された日製日立・電線・多賀工場の24人にたいし水戸地裁判決。4人に実刑、罰金刑5人、執行猶予13人、無罪二人。その後判決に不服の水戸地検は控訴
3.31 日立鉱山労組、全鉱の六社共闘賃上げ争議に参加。7月10日まで
3.- 日立電線工場、アルミ線工場を建設
3.- 日立鉱山、月産3万トン採掘体制を完成
4.1 日立女子高、商業科(定員50人)を新設
4.26 機器電機産業労働組合連合会結成。日立総連加盟
5.1 日立駅舎が平和通り側に移転する
5.16 日鉱労組、賃上げを要求しストライキ。5月22日に第2波のストライキ
5.30 破防法・労働三法改悪反対集会に日立地区自由労組組合員約400人。夏期手当・盆休暇を日立市に要求
5.- 日立地区工業協同組合、中小企業庁から融資を受け、25坪の共同工場を建設
6.1 日立多賀建築労働組合は日立市にたいし本庁舎建築工事の地元建築労働者への発注を求める
6.17 日立市で破防法粉砕民族危機突破大会開催。小林孝正らの演説後デモ隊は警官隊ともみ合い、日製日立工場海下門詰め所に火炎瓶が投げられる
8.6 日製日立工場山崎工場部が日立絶縁物工場として分離
8.21 日立市天気相談所が開設され、気象観測、天気予報を開始する
8.- 日立会音楽部に日立交響楽団発足
9.11 高萩町助役宅爆破事件(7月2日)容疑で、日立自由労組委員長ら7人を逮捕
9.21 日製国分工場は多賀工場から分離して日立工場国分分工場となる。これにともない国分工場労働組合結成
9. - 日立市・多賀町・久慈町は合同して組合管理の上水道敷設計画を承認
10.3 日立製作所、功労者と技能優秀者への特称制度協定
10.5 教育委員会委員の選挙が実施され、日立市では嘉屋実、大和田重実、宇沢英夫、岡部長夫当選
10.15 関東銀行(一日開店)は日立支店を設け営業を開始
10.27 日製絶縁物工場労働組合結成大会開催
10.28 外国人登録問題で日立市在住の朝鮮人30人は日立市役所と交渉
11.19 日製日立工場では職場消防隊結成式挙行。消防隊は165人の職場消防隊を加え約400人で構成
11.21 茨城大学工業短期大学設立委員会結成。会長は日立市長
11.- 常陸セメントは日立セメントと改称
11.- 日立市で消防団と常設消防署長が対立、消防団員の集団脱退問題に発展
12.2 日立市と多賀町の自由労組は日立職安に越年資金を求め交渉
12.- 日立工場本館復旧完成
-.- 多賀工場、アメリカ軍に洗濯機100台納入

1953年  昭和28年

1.12 日立商工会議所は市内のチケット販売五組合の一本化を図るため組合代表者を招き懇談会を開催
1.30 日立セメントは月産1万トンから3万トン体制にむけて、工場の増築とともに5000キロワットの自家発電機を建設、試運転を行う
1.- 日製日立工場、高落差水車の水力実験室完成
2.11 多賀町に県立多賀高等学校開設(開校は4月1日)
2.20 私鉄総連傘下の日立電鉄、ストライキ
2.21 日立市で同市外三郡の地方自治確立青年討論会開催
2.23 常陸海区漁業調整委員会はアワビの潜水漁業に関し公聴会を開く。潜水機漁業許可者を20人から3人に減らすことで知事に具申
2.25 『日立鉱山ニュース』第1号発行
3.3 日立市で日立工場長、日鉱所長らを中心にしてロータリークラブ創立発起人会を開催
3.5 日製日立工場労組、「民労連と総評の立場」と題する討論会開催
3.- 日製日立工場、バブコック日立(株)を設立
4.3 日立総連合、日立電鉄労組、日鉱労組、賃上げを要求してストライキ
4.19 衆議院議員総選挙。2区の当選者は塚原俊郎、山崎猛、大高康
4.- 日製日立工場は、普通科養成員(1年)短期養成員(3ヵ月)の教育開始(中卒者107人を対象)
4.- 日鉱結核専門病棟「清風荘」、大雄院病院脇に完成
5.29 電機労連結成。日立総連加盟
5.- 日鉱、スライム充填操業を開始
5.- 日立市、国より防火都市に指定
6.3 日鉱労組、10日間のストライキに入る。溶鉱炉完全停止(7日中止)
6.15 神峰公園整備促進会結成
6.20 伊勢甚日立支店開店
6.29 日立・水戸・高萩の自由労組、6・7月の完全就労などで県と交渉。ものわれに終わる
7.1 日鉱、出鉱3万トン増産計画に対応して、第11立坑を完成させ、この日30メートルの地並から捲き上げを開始
7.10 日立市で石灰山・電上・大平社宅、大下・上町を衛生環境改善のためモデル地区に指定
7.11 日立市は第一伝染病棟を日鉱病院脇に建設し、日鉱に経営を委託。翌月、第二伝染病棟が日製日立病院内に完成
7.21 日立市で零細商工業者への融資機関として日立資金斡旋協同組合が結成
7.31 営業不振に陥った全購連経営の大甕石灰肥料工場は、大阪造船が買収
8.30 日立市に救急車配備
9.19 日本興業短資(株)日立支社の債権者(約600人)は、満期支払いの一年延期、支払い一時停止に対し、即時支払い求めて債権者臨時大会を開催
10.3 日製供給所の野菜廉売問題で市と商工会議所が間に入り解決
10.20 日鉱石灰山社宅自治会、新生活モデル優秀団体として県から表彰を受ける
10.27 日立市文化協会結成
11.1 日立公民館落成式挙行
11.5 日鉱労組(本山・大雄院)24時間ストライキ
11.- 日製国分分工場で変圧器工場完成
12.1 日立自由労組員約350人は就労を求めて日立職安と交渉したものの拒否される
12.27 日鉱労組ストライキ
12.- 日立建設業組合結成
12.- 日立商工会議所は市に要望事項10項目をあげ、新年度に予算化を要請
-.- 日立市社会福祉協議会創立(66年5月に社会福祉法人の認可を受ける)

1954年  昭和29年

1.12 久慈郡中里村は正式に日立市へ合併の申し入れを行う
2.9 日立市教育委員会、市内小中学校助教諭66人に「能力テスト」実施。茨教組は撤回を求める。団交の過程で文部省指示、県教育委員会調査依頼の事実が明るみに出て、教員の思想調査事件として発展
2.11 日立市内のチケット組合(4組合、200店)の一本化がなり、日立商業協同組合が生まれる
2.- 日高村議会は決議をもって日立市への合併を申し入れる
3.31 日立鉱山、ニッケルエ場の操業を停止する
3.31 数沢川付け替え工事完成。竣工式
3.- 日立製作所国分分工場で国分日立会を結成
3.- 日立商工会議所は多賀町商工会に合併の申し入れを行ったが、多賀町側はこれを拒否
3.- 高萩炭鉱のボーリング調査が原因で日立市滑川地区で異常渇水
4.19 茨城県労働金庫日立支店開設
4.- 日立セメント、セメントサイロを増設し、貯蔵能力を2.5倍に増やす
5.10 旧日立駅(海岸口)への立体交叉地下道完成
6.2 日鉱大雄院労組、賃金闘争で無期限ストライキ。10日まで
6.19 日製日立工場でクレーン作業中に製品が落下し二人死亡。7月、8月にも事故が起こり、この年合計5人の死亡事故が発生。日立工場労組は工場に抗議するとともに、7月10日組合員に注意を促す声明を発表
6.22 日立市は多賀・久慈・中里・日高四町村の参加を得て新都市建設懇談会を開催
6.22 素人無尽のトラブルが頻発し、処理のため日立市月掛貯金連合会結成
6.23 日立セメント山根採石場で山崩れ。二人死亡
6.29 日立市自治警察署は国家警察に転換
7.1 日立市警察署長だった青木乗誠は市の消防長に就任
7.2 平和通りの舗装工事はじまる
7.31 日立鉱山、さく岩機の湿式化を完了
8.- 日立製作所貯蓄組合開設
9.2 多賀駅前に映画館多賀中央劇場開館
9.18 日立電線工場は、70人の帰休を実施。20日まで
9.- 日立総連合、会社に対しベースアップは要求しない旨の申し入れを行う
9.- 中里村で日立市への編入反対の動きが活発となる
10.12 合併問題に関し、関係市町村協議会で日立・多賀・久慈・日高・坂本・東小沢・中里の一市二町四か村の合併合意がなる
10.22 日立市の市営引揚者住宅の居住者、家賃の引き下げを求めて市に陳情
10.- 日本人文科学会、日立地方調査
11.1 日製日立工場、354人の帰休を実施。15日まで
11.24 宮田川にアーチ型橋(宮田川橋)完成
11.- 多賀町で日立市への編入に反対の運動が起こる
11.- 日立鉱山、4万トン出鉱計画の実行に着手。採鉱部門では、さく岩機の増強、積込作業の機械化など新技術の採用により生産原価の低減を図る
11.- 日製日立工場は変圧器部門を国分分工場に移転
12.1 丸大水産(株)、会瀬浜の定置漁業権を手放す
12.6 日立市の青年商工業者は日立青年経済同好会を結成
12.17 1市2町4村からなる日立地区合併推進協議会は新市建設計画を発表
12.30本山中学校、県下初の鉄筋コンクリート製校舎完成
-・- 日製多賀工場、洗濯機の量産体制に入る
-・- 日製下請の富田工業所・荒川鉄工所・大谷工業所の三社は、合併して日立工業(株)を設立
-・- 日立電鉄(株)本社、常陸太田市から日立駅前に移転
-・- この年、日立製作所日立工場海岸工場から河原子にいたる海岸路線、また宮田本町から日立鉱山本山に至る県道の舗装工事が終り、市内主要道路の整備がほぼ完了する

1955年  昭和30年

1.11 中里村の東京電力中里発電所トンネルが原因の地下水の枯渇に、岡町の村民16人は設備の改善を要求
1.26 日立鉱山元所長の福田重清は日立市長選挙に出馬を表明
2.15 多賀郡多賀町・日高村、久慈郡久慈町・中里村・坂本村・東小沢村を廃し日立市へ編入
3.10 日鉱は福島県石城郡上遠野村の鮫川水系に粗鉱4万トン出鉱計画の一環として柿の沢発電所を建設
3.- 日製多賀工場、掃除機量産第1号機完成
4.1 日立第一高等学校本山分校(定時制普通科四年)開校
4.1 日立市公益質屋、助川杉の内に開業
4.14 河原子町で大火。34戸、212棟を焼き、罹災者156人をだす
4.23 県議会選挙。日立市で石川次夫・宇佐美松兵衛・大部市郎当選
4.30 日立市長選挙。無投票で高島秀吉当選。市議会議員36人選挙
5.6 日鉱労組、賃上げ・夏季手当要求で一斉ストライキ。6月17日終結まで43日間争議継続
5.26 日鉱本山で落盤事故。一人即死、一人重体
6.20 常磐線常陸多賀駅の駅舎改築工事竣工
7.1 茨城工業短期大学部(夜間三年制、機械科・電気科)、茨大工学部内に設置
7.9 前年10月に3111戸への給水を計画して着手された池の川水源池工事完成し、給水を開始
7.- 日立公共職業補導所では夜間部(機械科20人)開設
7.- 河原子小学校PTAは、市観光協会の校庭の観光バスの駐車場化計画に反対し、市に陳情
7.- 日立市連合PTAは、県PTA連合会の役員構成に不満を示し、脱退を決議
7.- 日製野球部、都市対抗野球全国大会に初出場(1回戦で敗退)
9.5 日本信託銀行日立出張所開店
10.1 国勢調査。日立市の人口13万1018人、豊浦町4357人
10.30 日立鉱山創業50周年記念式典。久原房之助参列
11.20 日製下請工業協同組合は製品と試作品の展示会を開催。22日迄
12.11 会瀬定置漁業生産組合創立総会(認可は翌年1月14日)
12.12 日製労組、退職年金問題で一時間のストライキ
12.- 日製日立工場、アメリカから圧延設備に関する新技術導入
-.- 日製日立工場、この年無災害記録を達成する

1956年  昭和31年

1.30 日立市議会は東小沢中学校を廃止し久慈中に統合することを決議
2.15 地区農業委員会を統合し、日立市農業委員会発足
3.30 日立鉱山で発破事故、二人死亡、一人負傷
3.- 宇佐美松兵衛、関定蔵らによって自民党県連日立支部結成の動き
4.5 日製総連12時間スト
4.9 日鉱では4万トン出鉱計画の一環として亜鉛鉱の選鉱が始まる(製錬は三日市製錬所)
4.10 日鉱大雄院労組、賃上げと期末手当を要求して無期限スト突入(15日迄)
4.13 東海村の原子力研究所に関する協議会を日製、日鉱、日立セメント、市議会、市の代表者30人参加して開催。日立市原子力研究施設建設協力委員会を組織することに決定
4.28 日製下請工業協同組合、中堅技術者養成のため技能者養成所を開設
4.29 桜星会日立支部結成。元ラバウル司令官を招いて講演会開催
4.- 市内のクリーニング店五店、中小企業組合法による日立ドライクリーニング協同組合を結成。共同工場を建設
5.21 日製日立工場、原子力課を新設
5.30 多賀町の六号国道の改修工事で、3戸にたいし土地収用法が適用され、強制撤去がなされる
5.- 市内の蕎麦屋、原麺の共同購入のため日立食麺共栄組合を設立
5.- 日立市仏教会、世界平和茨城仏舎利塔建立のため托鉢を始める
6.- 日製国分分工場、変圧器製罐工場を建設
7.13 日鉱、鉄索によるカラミ運搬を停止
7.28 日鉱日立、都市対抗野球大会に19年ぶり2度目の出場。準々決勝で敗退するが、第1回小野賞を受賞
7.- 市内中小企業の設備更新旨に日立市は特別融資保証制度を設け、一社200万円を限度として融資を開始
8.5 日立セメント大平田採石場で落雷によりダイナマイトが爆発し、一人死亡。八日にも転落事故、一人死亡
8.- 日製日立工場、臨時要員450人を募集
8.- 日製、日鉱供給所の小売商店経営圧迫問題協議のため日立商業活動調整協議会設立
8.- 日立市内の小中学校31校は教育実験地区に県教育委員会から指定。3年計画で「生産性を高めるための学校教育の在り方」を共同研究
9.12 多賀郡豊浦町を廃し日立市に編入。20日施行
10.1 市全域で国民健康保険が被保険者数44,645人、加入率30.5%でスタート
10.1 日立電線工場、日立製作所から独立して日立電線(株)として営業開始。(創立総会4月7日、設立四月○日。日製から1520人転属。日立電線労組結成大会は6日
10.1 日製日立工場原料部酸素工場と日立運輸(株)水戸工場内の酸素工場は独立し、日立酸素(株)となる
10.4 日製日立工場、小平記念館落成式挙行
10.- 助川町の東洋工芸社は、「ひたち塗り」と称した盆などを中国の海外見本市に出品
11.7 日立セメント大平田採石場でクラッシャーに巻き込まれ、一人死亡
11.14 日製日立工場大型製品搬出と原研設置による常磐地区開発の基点として整備拡充を図るため久慈港期成協議会が結成
11.22 日鉱大雄院労組、無期限ストライキに突入。28日に本山労組もストに入る。全鉱連のチャンピオンスト闘争方針への反発も生じ、12月1日解除
12.2 日高地区工場誘致期成同盟会結成。日立電線(株)は日高分工場の用地買収に取りかかる
12.21 日立鉱山で中国殉難者遺骨発掘
12.- 国分分工場、エレペータ部を新設
-.- 日立市盲人福祉協議会設立

1957年  昭和32年

1.1 日立鉱山ラグビー部は第9回全日本社会人ラグビー大会出場。準決勝進出
1.- 日立市は市内九青果市場の統合に関し具体的な交渉に入る
2.2 日立製作所は久慈商港に1億3000万円の負担を決定
3.7 日鉱連臨時大会が開かれ、役員選挙で全鉱連脱退派が多数を占める
3.30 日製下請工場が募集した東北各県中学卒業者の集団就職第一陣152人が到着
3.- 全鉱連のチャンピオンスト指示を無視した日鉱連委員長の処分に反発して日鉱本山労組執行部は総辞職
4.1 日立電線(株)は小木津町に分工場の建設を決定
4.2 日製総連、賃上げを要求して24時間ストライキ
4.15 日立電線(株)新工場誘致期成促進会は、工場誘致に反対する土地所有者説得にむけて、日高中学校講堂に市民600人を集め、誘致促進を訴える
4.23 日立電線新工場建設用地をめぐり、市と地元反対者間で売却と決まる
4.- 日立市は旧日高村域に都市計画実施の方針を決定
4.- 久慈町が新農村漁村新興計画特別助成地域に指定される
4.- 日製日立工場は、茨城地区工場の製品設計・製図、技術サービスを行う日立エンジニアリング(株)を設立
4.- 日立工場、会瀬スポーツクラブ・武徳殿を建設
5.15 日立鉱山本山採鉱所坑内の落盤事故で支柱夫死亡
5.- 日製多賀・国分両工場の社宅に集団赤痢発生
5.- 久慈町と常陸太田市の日製多賀工場の下請工場は、久慈鉄工協同組合を結成
6.15 久慈港(1959年10月に日立港と改称)起工式
6.16 神峰公園の飛行機塔墜落。20人が重軽傷を負う
6.21 国分・水戸両工場・日立研究所は日立工場から独立
6.25 日立セメント(株)は、セメント製品生産のため土浦に新工場を建設
6.- 日立市は日立公民館長に日鉱勤労課職員を任命
7.- 日立銀座通り商店街は、共同店舗防火建築計画に関し横浜市立大学教授に商店街の経営診断を依頼
7.- 県水産試験場は沿岸漁業の不振打開のため日立沿岸の漁場調査を実施
8.1 日立市役所は観光課を新設
8.2 社会党日立支部と多賀支部が統合し、日立支部を結成
9.30 日製日立工場絶縁物工場下館分工場起工式
9.- 日立鉱山の下請業者への支払い遅延により業者の資金繰りが悪化し問題化
9.- 日立労働基準監督署は日製下請中小企業13業者を年少者の時間外労働に違反しているとして摘発
9.- 久慈町の二か所の井戸から高い濃度の放射能を検出。久慈小学校では児童にたいし「あまり水は飲むな」と指導
10.15 日立市は農家、漁家の繁忙期に季節保育所四か所を開設
10.25 日鉱の1号炉で初の酸素吹込み製錬
11.29 小木津町の日立電線分工場用地の造出を図るための日高地区土地区画整理事業認可
11.- 多賀駅前の石灰石砕石工場の塵埃被害に周辺商店街は市に対策を要望
12.22 中国紅十字の李徳全一行は日立工場と日立製錬所を見学。本山寺で日鉱で死亡した強制連行中国人の「平和法要」に参列
12.28常磐線と多賀町地内多賀工場・国分工場をむすぶ市道の立体交叉路完成
12.- 日製日立工場で国産原子炉第一号機の予備実験が行われる
-.- 日立市は厚生省から伝染病対策特別地区に指定される
-.- 日立市を中核とする7市2町2か村が常陸工業地帯に指定される
-.- この年、日製日立工場で5人の殉職者を出す

1958年  昭和33年

1.10 日立電線は資本金を倍(10億円)に増資
1.17 茨城県水産試験場は、工業汚水の影響が出ている磯があると、昨年実施した日立市沿岸沖合いの魚礁調査結果を発表
1.- 日立製作所日立工場は東暁館を買収
2.30 日立鉱山本山採鉱所の切羽で落盤事故。一人死亡
2.- 日立市肢体不自由児父母の会結成
3.28 日立工業専修学校に研究科一年を設置
3.- 日立電線日高分工場のアルミエ場(6400㎡)完成
3.- 日鉱大雄院製錬所と6号国道をむすぶ産業道路新設工事に着工
4.1 日鉱は製錬所までの銅精鉱のパイプ流送を開始
4.9 日立総連合、賃上げを要求して24時間ストライキ
5.19 日立労働基準監督署は、プレス機による事故が続発しているとして、日製の各下請工場にたいしプレス機に安全装置を取り付けるよう勧告
5.20 日鉱、酸素製錬竣工披露式
5.21 日製日立労組は社宅の主婦の組織化をはかり、日立工場主婦の会(会員1500)を結成
5.22 衆議院議員総選挙。2区で石川次夫(日本社会党)、塚原俊郎(自由民主党)、石野久夫(日本社会党)当選
5.31 日立市建設業組合は、市の大きな土木建築工事が東京の業者に発注されているとして問題にする
6.1 常磐線電化に先立って、上野–平間に快速準急気動車ときわ号運転開始。日立駅に停車。
6.6 日立鉱山本山採鉱所の切羽で落盤事故。一人死亡
6.14 県から「久慈港後背地における経済調査」を委託された日本大学国土総合開発研究所は、常磐地域総合開発期成会総会で調査結果を発表
6.21 市内商店は8、9月からの週休制実施を決める
6.25 追川町の平和通りに店舗付市営アパート建設
6.25 海上自衛隊横須賀地方隊所属の上陸支援艇3隻は、久慈商港の地形調査ため入港
7.1 日鉱本山でさく岩員一人落盤事故で死亡
7.17 日立市は日立セメント、旭鉱末資料および長山粉砕石にたいし防塵対策を要請
7.25 茨教組は日立で勤務評定反対街頭宣伝を行う
7.- 平和通りの店舗付市営住宅に入店予定の業者は日立フードセンター組合を設立
8.1 久慈川を水源とする上水道拡張工事の着工が決定
9.1 日立市文化協会連絡協議会発足(69年に日立市文化協会と改称)
9.12 県は日立市など県北7市3町2村を区域とする常陸工業地区の産業立地条件調査結果を発表
10.31 日立鉱山電車、客車と貨物車が衝突し、8人が重軽傷
11.1 日立電線日高分工場の電力ケーブルエ場(8550㎡)完成
11.5 警職法反対全国統一行動日に日立では約二千人が参加して提灯デモが行われる
11.6 中小企業政治連盟(中政連)日立支部結成
11.16 鮎川以北の電話が自動化され、水戸-日立間で相互自動即時通話サーピスが開始される
12.18 日立市は、人口28万7千人を想定した15年計画の日立市総合都市計画案を決定
12.31 日鉱は電錬工場内の電車を廃止し、トラック輸送に切り替える

1959年  昭和34年

1.8 大内竹之助と福田重清は、日立工業高校に一九五九年度からの定時制設置を知事に陳情
1.22 日立製作所日立工場内の建設工事現場でがけ崩れ。作業員3人死傷
1.27 中政連日立支部は高島市長の4選反対を表明
2.1 日鉱、切羽を集約し、採掘の二の方制を実施
2.2 数沢川埋め立て工事完工式
2.13 多賀町に国際東映(映画館)開館
2.- 石原裕次郎主演の日活映画「今日に生きる」日立でロケ
2.- 自民党日立支部は市長候補として福田重清を推薦
2.- 日製本社に家電事業部設置。多賀工場、家電部門を強化
3.3 茨城県警と県青少年問題協議会は、日立市ほか県内6か所を青少年健全化運動地区に指定し、青少年補導育成に乗り出す
3.9 日立鉱山大雄院、本山両労組は24時間ストライキ
3.11 日鉱大雄院労組は無期限ストに入る(13日迄)
3.14 1952年に漁業権の分配をめぐり分裂していた川尻浜の豊浦漁協と川尻漁協は合併に調印
3.15 自民党日立支部と中政連日立支部は市長候補に福田重清を擁立することに正式決定
3.23 日立地区協議会が中心となり日立原水協結成
3.- 1959年度において日立市戦災復興事業は完了するとして、国は最終の補助金交付を発表
3.- 自民党は、臨海地帯の開発促進に向けた土地造出のため、久慈地区ほか国内22か所を適正地域として候補に上げる
4.1 日立市、工場設置奨励条例施行
4.1 日製、教育綱領を制定
4.1 日製、日立茨城工業専門学校を設立
4.1 日鉱、坑内技能者養成所を開設
4.19 日鉱福和会発足
4.23 茨城県議会議員一般選挙。日立市では、秋田高虎、大部市郎、永井誠(以上社会党)、遠藤詮(自民党)当選
4.30 日立市長選挙。高島秀吉(日立地区協議会推薦)は福田重清を退け4選(4万4399対3万646票)
4.- 多賀工場、総合事務所(本館)建設に着工(12月完成)
5.29 日鉱大雄院労組スト
5.31 日鉱、道路工事の需要増に本山に採石工場を建設
6.6 河原子での建網漁業者と一本釣漁業者の操業区域をめぐる対立は、暴行事件に発展
6.27 県私立学校教組は日立女子高校理事長と校長を相手取り、県地方労働委員会に組合弾圧など不当労働行為の申し立てを行なう(日立女子高教組は58年10月結成)
7.9 日立女子高労組の不当労働行為申し立て問題を地労委は正式に取上げることを決定
7.- 日製多賀工場、南側に拡張のため用地の本格的買収開始(60年9月完了 6万4792㎡)
8.1 鶴ケ塙老人ホーム開設
8.14 日立港第一期工事完成を期に日立埠頭株式会社設立。日製、日鉱、日立セメント、日立運輸、日本通運、日立地区通運、高萩バルプなどが出資
8.20 茨城県教職員組合は、日宿直差額請求問題で日立市教育委員会が宮田小学校の二人の教員に不当な干渉をしたとして役員を日立市に派遣
8.21 日立女子高の不当労働行為問題解決
8.25 県教委・文部省主催の小学校教育課程改定講習会開催に日立会場で日立地協らの代表70人がピケをはり「小競り合い」
8.- 日立電線日高分工場の絶縁線工場完成(1万880㎡)
9.3 日本原子力発電会社設置の原子炉の安全問題で、イギリス原子燃料公社の原子炉安全部長は炉から8キロ以内に1万以上の都市がないことが望ましいと東京で発言。久慈町がこれに該当し問題化
10.6 神峰町に店舗付公営住宅に神峰フードセンター開店
10.10 神峰公園内で演じられていた日立風流物、1台の出車が倒れ35人が重軽傷を負う
10.15 多賀電報電話局の自動電話改式にともなう配置転換に全電通茨城支部は反対運動を起こす
10.22 日製多賀工場、技能者養成所開設
10.29 日鉱、笹目堆積鉱(銅)の水力による採取を開始
11.4 河原子町の醸造業者らが日製に選挙干渉、妨害があったとして県選挙管理委員会に提出していた日立市長選挙無効の訴願却下。ついで東京高裁に上告するも棄却(61年6月)、最高裁も上告を棄却(62年3月)
11.15 日鉱日立吹奏楽団、全日本吹奏楽コンクールに優勝
11.20 日鉱、労使協議会で組合にたいし運輸合理化案(鉱山電車の廃止、鉄索の廃止など)を提示
11.21 日製日立工場、呉分工場を設置。日立工場から約500人が転属
11.27 安保改定阻止第8次統一行動日に日立地協らの主催で「安保反対日立地区大会」が開かれ、1500人が参加して提灯デモが行なわれる
11.28 日鉱大雄院労組、年末手当てを要求してスト(30日迄)
12.10 日製日立工場で出張命令を拒否した社員の懲戒解雇問題起こる(79年12月、東京高裁で解雇撤回と解決金を支払うことで和解成立)
-.- 日立電鉄は久慈町-釜坂間の鉄道敷設を運輸省に申請

1960年  昭和35年

1.16 日立セメント被害防止対策委員会は約1800人の署名をもって県知事宛にセメント工場の降灰、騒音取締りのための公害防止条例制定を請願
2.1 日立地協(組合員 27000人)選挙対策会議、日製関係は高島を表明、日鉱関係は福田、日鉱労組は態度未定、決定を2月5日に延期(いはらき60・2・4)
2.5 日立電線日高分工場、市の工場誘致条例該当第1号工場に指定される
2.8 日鉱、日立港から硫化鉱を初出荷
2.2 経営難から役員が辞職した久慈町漁業協同組合では臨時総会を開き、新役員を選出
2.- 日製日立工場、教育課を設置
2.- 日製多賀工場、ポンプ工場増築(2200㎡)
3.9 日鉱連、全鉱から脱退
3.19 大林産業(運送業)の従業員組合(組合員8人、3月15日に全金属茨城地方本部大林支部として発足)は会社側に不当労働行為(支部長解雇)があったとして地方労働委員会に提訴
3.- 多賀中学校大久保分校完工(翌61年4月、大久保中学校として開校)
3.- 多賀工場、1月4日設立の多賀産業(有)に1.2万㎡の土地を貸与
4.1 日立市中小企業工場集団化促進条例施行
4.1 多賀高等学校に商業科新設
4.30 楓橋と桐木田間の産業道路完成
4.- 日立市、産業用地対策委員会設置
4.- (株)日立製作所多賀工場は多賀町に電装絶縁材製造工場 4万6000坪を操業(土地購入は'60年1月)
5.15 日立フードセンター労組結成。組合員75人
5.31 日立鉱山電車廃止(貨車の運転廃止は10月5日)
5.- 日立土地(株)は業務の一部を日立機材(4月に資本金1億で設立)と日立木工(5月に資本金3000万で設立)に移し、食品製造部門を日立工場供給課から移管を受ける
5.- 日鉱、諏訪と大雄院間の精鉱運搬用鉄索を廃止
6.6 原水を日製の工業用水に依存していた日立市の上水道は、第4期工事完工にともない久慈川から直接取水することとなり、森山浄水場で通水式
6.- 市内5旅館は金融および労務対策のため日立市旅館組合を結成
7.11 茨城県商工信用組合多賀支店営業開始
8.28 丸小と久慈町漁協が管理方法をめぐって対立し、開場が遅れていた久慈魚市場は、久慈漁業協同組合連合会を卸売人にして開設
9.6 大東工業所、年少者の時間外労働に関し労働基準法違反容疑で書類送検
9.- 日製下請7協組は組合間の最低賃金の協定について、県地方最賃審議会に諮問。労働側から反対の声が起こる
9.- 日立工場制御盤工場第1期工事完成(62年第3期工事完成、1万6000㎡)
9.- 日立機材工業(株)、多賀町に機械部品製造工場1599坪を操業(土地購入は'60年6月)
10.24 日立労働基準局は、岡野鉄工所を年少者の時間外労働に関し労働基準法違反で書類送検
10.- 多賀工場、ポンプ工場完成(約5400㎡)
11.20 衆議院総選挙。2区では塚原俊郎、石川次夫、大高康当選。次点石野久男
12.1 日立電線、資本金を倍の20億円に増資。この年日高工場竣工
12.14 日立セメントと小野田セメント共同出資の日立寒水石(株)発足
-.- 日立工場、教育工場を設置
-.- 日立後背地214.5万㎡が土地区画整理事業区域として認可を受ける
-.- 日製、第1次住宅総合対策を策定、持家制度の推進を図る
-.- この年、市はごみの処理に困り、日立沖合への海上投棄を検討

1961年  昭和36

1.7 茨城県地方最低賃金審議会、日製下請企業関係7協組の最低賃金(新中学卒15歳220円)を茨城労働基準局に答申。4月1日から実施
1.- 日立電線日高分工場の電力ケーブル工場(2200㎡)増築
1.- 日立港整備のための後背地経済調査を実施していた日本大学国土総合研究所は、日立港は6千トン級に工事変更した方が技術的.経済的に合理的だと報告
2.21 日立製作所多賀工場から那珂工場(計測器部門)独立し、1076人が移る(60年12月21日、那珂分工場発足)
2.- 日製日立工場から呉分工場独立し、1414人が移る
2.- 日立電鉄は鮎川駅–日立二高迄の電車線延長にモノレール採用計画書を日製本社に提出
2.- 高木製作所に労働組合が結成される
3.- 日立工場のタービン工場など(約2万1000㎡)完成
3.- 日立電線日高分工場のビニル線工場(9600㎡)完成
3.- 日立茨城工業専門学校第1回卒業式。卒業生141人
4.1 日立市の水道事業、地方公営企業法の適用を受ける
4.12 日製日立・多賀・国分・山崎工場、24時間ストライキ
4.13 日製多賀工場の教育工場完成
4.14 日立港と原研を結ぶ久慈河口の留橋起工
5.7 レナード・バーンスタイン指揮ニューヨーク・フィルの演奏会が小平会館で開かれる。副指揮者小澤征爾
   世界最高のオーケストラ招く 日製が七日小平会館に
日製では七日夕五時半から日立市小平会館に世界最高のオーケストラとして知られ現在来日中のニューヨーク・フィルハーモニー交響楽団を招き、演奏会を催す。
指揮者レオナード・バーンスタインほか団員は約百四十人。演奏する曲目は「ローマの謝肉祭序曲」(ベルリオーズ)「交響曲第七番イ長調作品九二」(ベートーベン)「シンフォニーインディア」(チャベス)「リミーフランチェスカ」(チャイコフスキー)の四曲で終了は七時半の予定。入場料A席千二百円、B席千円。
  1961年5月5日付『いはらき』新聞
5.8 「緑のおばさん」登場
5.10 財団法人日立市住宅公社、基金2000万円で発足
6.19 雇用契約期間が満了したとして解雇された「藤田君を守る会」会員の日製日立工場の臨時工の二人は、「雇用契約確認請求」を水戸地裁に提起
6.20 日立鉱山、助川中央鉱舎(貯蔵能力2万6000トン)完成
6.20 日製多賀工場、第1洗濯機工場増築(3300㎡)、プレス工場増築(1800㎡)完成
6.29 日立市宮田町石倉の市営ごみ焼却場の灰捨て場が崩れ、7人生埋めになり死亡。7月4日、日立警察署と日立消防署は天災と断定
6.30 59年の日立市長選挙無効訴訟、東京高裁は原告の請求を棄却
6.- 日立電線日高分工場、アルミ線工場増築(2000㎡)
6.- 日立電線(株)は小木津町に2795坪の電力ケーブル工場用地を購入
6.- 河原子海岸海水は、大川に流れ込んだ大久保町のメッキ工場の廃水で変色飲料水が汚染され、魚介類や農作物にも被害がでる
7.18 日立電線、日高体育館・グランド完成
7.25 日立機材(本社会瀬町)、大沼町に製罐・機材部門の新工場を建設(完工式)
7.30 産業道路第4期工事完成。これにより大雄院と桐木田間3300メートルの工事が終わる
7.31 日製多賀工場、クリーナ工場(6000㎡)完成
7.- 日立機材工業(株)、多賀町に中型変圧器製造工場4868坪を操業(土地購入は'60年11月)
8.2 茨城県公害対策協議会、森山町に建設予定の日立セメント生コンクリート工場について騒音-粉塵防止対策をたてるよう会社側に勧告することを決定
8.7 日立電線、資本金を30億円に増資
8.21 日製山崎工場から下館工場(合成樹脂積層品)独立。多賀工場、絶材部積層課を下館工場に移管(142人移る)
8.21 日製国分工場、エレベータ部門を水戸工場に移管
8.28 日立漁港の名称が会瀬漁港と変更
8.- 日立製作所工業協同組合、那珂郡笠松地区に工場の集団化を計画。造成工事が完了したものの、移転は計画の8分1の達成にとどまる
8.- 日立電線、土浦工場用地の買収を開始
8.- 日製多賀病院新病棟(1459㎡)完成
9.19 工場集団化第1号として日立市木工協同組合の木工団地が市内石名坂町で起工
9.1 日立電線、日立電線機器株式会社を設立
9.- ユージン・スミス、日立製作所の依頼を受け訪日。市内各工場を撮影。『日立リマインダー』(英語版)と『日本−イメージの一章』(英語版)を日本で出版。62年9月帰国。  63年、『ライフ』誌(63年8月30日号)に「日立」の作品を「東洋の巨人」と題して発表
10.5 日製多賀工場、窯業工場(1185㎡)増設
10.11 日立労働基準局は、二人の少年に日製日立工場内製罐工場で深夜や規定時間を超えて労働させ、一人を死なせたとして、雇主である下請工場の社長を労働基準法違反で書類送検
10.15 丸和百貸店(地下1階、地上5階、売場面積2747㎡)銀座通りに開店
10.16 多賀工場、製罐工場新築
10.25 日立労音発足
10.- 日立電線日高分工場、通信ケーブル工場(6800㎡)増築
10.- 日製日立工場、OA・OB棟(約9300㎡)完成
10.- 日立電線、日立港外装工場完成(日立埠頭株式会社に貸与)
10.- 日立酸素(株)は多賀町に酸素製造工場1285坪を増設し操業(土地購入は'60年6月)
11.14 茨城県発注の会瀬海岸堤防工事で「手ぬかり設備」が原因で労働者一人死亡。12月8日、日立労基署は経営者を労基法違反で書類送検
11.28 日立商工会議所は日製日立・多賀・山崎・那珂の各工場に、市内下請業者に対する代金支払いの遅れがないよう要望
11.- 日立電線、豊浦分工場用地の買収開始
11.- 日立電線、土浦工場の土地買収終える
12.1 豊浦地区開発期成同盟会は川尻町内に日立電線の新工場誘致をもくろみ、市と共同して工場用地(約49万㎡)の買収を済ませ、会社側と売渡しの調印を行なう(78年3月完了)
12.17 日立電鉄労組、24時間スト
12.18 多賀工場、工具工場(1500㎡)増築
-.- 多賀工場、京都分工場の用地買収(約38万㎡)

1962年  昭和37年

2.1 日立木材地所、日協産業(株)の全株式を取得、傘下に収める
2.4 結婚相談室が日立、多賀、久慈の各公民館に開設
2.14 日立港後背地土地区画整理事業(211ha)が県知事から認可
2.26 日立市住宅公社、諏訪町西田団地の建売住宅第1次分譲を開始
2.27 茨城県勤労者住宅生活協同組合設立。初代理事長に日立労組の執行委員長就任
2.- (株)日立製作所国分工場で変圧器工場4650坪を増設し操業(土地購入は'60 年6月)
3.15 日立市長選挙無効確認訴訟、最高裁は原告の訴えを棄却
3.- 日立市立上諏訪小学校廃校。油縄子小学校に統合
3.- 日製多賀工場、電装工場増築(2706㎡)
3.- 日製多賀工場、構内の土地1万2165㎡を多賀産業有限会社に賃貸
4.22 日立電線日高工場撚線工場で塗装店従業員5人やけど
4.23 日製日立工場(山手工場)工場建設現場で二人死亡
4.24 国労水戸地本日立駅連区分会多賀班から脱退した15人は、国鉄職能別労働組合常陸多賀駅分会を結成
4.28 日立セメント労組、ベアを要求して24時間スト。28日にも24時間スト
4.- 日製日立工場寮で集団赤痢発生
4.- 日立電線日高分工場、撚線工場完成(5400㎡)、ビニル線工場増築(2800㎡)
5.1 宮田保育所開設(市立保育所合計9か所となる)
5.12 日立市農業振興対策協議会結成
5.31 日本鉱業、傘下8鉱山の休止と3700人の人員整理を含む合理化案を日鉱連および各単組に提示
5.- 日立電線、資本金を50億円に増資
6.1 日本鉱業、日立鉱山関係で850人の人員整理通告
6.5 日鉱、本山両労組委員長ら、金属鉱業政策に関する要請書を知事に手渡し、危機突破の協力を要請
6.14 自治省、新住居表示整備都市として日立市を指定
7.1 市や県の保健事業の調整のため日立市共同保健計画推進事務局発足
7.3 大森地区土地区画整理事業(18ha)認可
7.8 日製日立労組、日立労働会館落成式
7.10 日製下請の茨城電気(株)、受在減と金融難から人員整理。月末までに60人整理
7.11 日本鉱業の合理化に対し日立市と市議会は政府などに要望書を提出
7.24 企業合理化をめぐる日鉱争議、全単組1斉24時間ストライキ。27日、日立の2単組24時間ストライキ
7.- 助川電気(株)、週休2日制実施
8.4 日鉱争議で、日鉱連は全山28か所の無期限ストライキの中止を指示。5日、日鉱日立、希望退職者の募集を開始。労組側、会社側提示の新合理化案検討、28日退職金平均12%増で全面的に妥結。日立では709人の退職者をだす
9.24 50年争議後に解散していた日製日立労組の青年婦人部に代わり「日立労組青年婦人協議会」が結成
9.24 日鉱本山で落盤と転落事故、二人死亡
9.29 日立市工場設置奨励条例の廃止条例可決。これまでの適用企業は日立電線日高工場、日製日立工場、申請中は茨城電気、日立機材、山崎工場
9.- 久慈鉄工業協同組合21社は、石名坂町へ集団移転の助成を県に申請
9.- 日立電線日高分工場、研究本館(5445㎡)完成
10.1 常磐線勝田–高萩駅間で電車運転開始
10.2 丸和ストアの百貨店申請は、商工会議所の日立市商業活動調整協議会にはかられ、保留処分となる
10.5 日立市美化推進運動協議会結成
10.10 日立化成工業(株)設立。日製の化学製品部門(山崎、下館、多賀工場の1部)に系列の日立化工(株)を吸収合併。翌年4月、日製から2075人転属
10.27 社会党県連は、日立市長選挙に萬田五郎を推薦候補と決定。11月6日、萬田五郎出馬を表明
10.29 日立電線、土浦工場建設に着手
10.- 日立工場、大形回転機工場(6026㎡)完成
10.- (株)日立製作所は宮田町に絶縁物工場1115坪を増設し操業(土地購入は'61 年6月)
11.5 日立市立記念図書館開館
11.5 県商工信用組合日立支店営業開始
11.13 日立太田東海環境衛生組合発足
11.29 十字屋(百貨店)銀座通りに開店
12.1 常磐急行バス(常磐急行交通、9月10日設立)、新橋–日立間の営業を開始
12.5 茨城県は高鈴県立自然公園指定に反対の日鉱、日立セメントなど7社への説明会開催
-.- 日立土地(株)、石名坂団地(210区画)の開発に着手
-.- この年の初め、日製、臨時工の採用停止、残業規制、臨時帰休などの生産調整に入る。下請企業に深刻な打撃

1963年  昭和38年

1.10 日立市長選挙に高島秀吉の後援会(代表三代利七)は、高島の推薦を決め、出馬を要請
2.15 日製日立研究所、久慈町大甕に完工披露式
2.- 無認可の「諏訪町簡易水道組合」供給の水道水が原因で集団赤痢発生
3.3 日立–東京間で電話ダイアル通話開始
3.20 茨城県労働者住宅生活協同組合、平和台団地44戸の分譲受付を開始。64年度末までに合計200戸の建設を計画
3.25 高島秀吉、日立市長選不出馬を表明
4.1 日製多賀工場絶縁部等が分離し、日立化成工業下館工場桜川分工場発足。多賀工場、480人を移し、工場敷地約6万㎡、建屋2万6000㎡を貸与
4.1 日立工場の第二勤労課の環境整備係が独立して日和産業(株)設立
4.1 県立日立商業高等学校開校
4.4 助川町の日立ミュージックホール(3月下旬開館)の10日迄の興業に県は有害興業に指定。4月12日にも11日から20日迄の興業に対し有害興業に指定
4.12 日立鉱山で落盤事故。1人死亡
4.12 県議会選挙。日立市では富田正二(自)、山本喜四男(社)、大和田重実(自)、秋田高虎(社)、永井誠(社)当選。大部市郎(社)落選し、自民党1議席増やすとともに、上位当選を果たす
4.25 日立に初めてのスーパーマーケット「ホワイトセブン」開店
4.30 日立市長選挙、萬田五郎無投票当選
5.1 平和通り周辺地区に第1次住居表示を実施
5.- 日製創立50周年記念の寄付金で日立市立児童科学館(プラネタリウム)神峰公園に開館
6.18 17日夜からの1日間で市内に8件の交通事故発生。10人が重軽傷
6.21 日立電線、木製巻枠部門を独立させ、日立電線木工株式会社を設立
6.- 滑川漁協と日高漁協はそれぞれ会瀬漁協と川尻漁協に統合
7.23 日立港と東海原発を結ぶ久慈大橋・新茂宮橋開通式
7.25 日立市中小企業労働福祉協議会発足
7.- 日立工場、日立会を各課単位に組織
8.1 日立セメント、石灰石トロッコ軌道、市街地部分を地下式ベルトコンベアの輸送に切り替える
8.6 日立市住宅公社、南高野団地69戸の分譲受付開始
8.- 日立市は1975年度に人口30万人を想定した「日立市十カ年計画」を策定
9.1 記念図書館は本の貸出を開始
9.21 日立電線日高分工場、日高工場として独立
9.- 日立注文服商工協同組合(6人)発足。共同工場をつくる
9.- 日立市連合商店会、商店街の木曜日休日制を実施
9.- 日立市役所職員の「汚職」摘発。国道整備事業に伴なうものと前市長時代の交際費問題で
10.24 神永電線(株)、165人の人員整理と40%の操業短縮を発表。日立本社の労組結成準備会(218人)は退職金増額・退職者の就職斡旋を条件に受諾。石岡工場労組は同案を拒否して48時間ストライキ
10.25 茨城米穀会社、会瀬町に県内最大規模の精米工場を建設、完工式
11.6 日立電線、神永電線の再建に参画
11.21 衆議院総選挙。2区では塚原俊郎(自)、石野久男(社)、大高康(自)当選
-.- 日製日立工場の鋳造部門を勝田工場に移管
-.- 日製日立工場、成沢に団地造成。この6月までに寮8棟(1500人)、アパート13棟(240世帯・805人)完成の予定(61年4月着工)。64年度中にアパート約20棟、供給所の建設を計画
-.- この年の前半から多賀町海岸部の松林が枯れ始める

1964年  昭和39年

1.15 日立港後背地開発にたいし、水木町の住民は仮換地是正同盟(綿引丈夫委員長)を結成。17日、代表が市長に土地審議会の経過説明と仮換地案の修正を求める
1.26 石名坂–大和田町間の6号国道付け替え工事完成、開通
1.27 日立市住宅公社施行による南高野地区区画整理事業認可(7月、土地付分譲住宅38戸の分譲受付)
2.2 銀座通りのみどりデパート、資金繰難から閉店
2.20 日立水道労組は日立市役所職員組合から分離を決定
2.-  日立製作所関係日立地区8工場の従業員4万人に給食するための「日立給食センター」を日立土地(株)が設立
3.3 日立セメント羽黒沢トンネルで落盤事故。7人生埋め、3人死亡
3.11 常磐線、鮎川町地内で貨車14両脱線、転覆
3.26 日立木工団地(鈴木和吉理事長)南高野町で完工式(61年8月着工、63年3月操業開始)
3.- 青少年の非行防止のため、日立市は青少年センター開設
4.4 日立製作所および日立電線、日立化成など、隔週土曜休と就業時間の1日30分延長を実施
4.9 日立セメント労組、賃上げ団交決裂で48時間ストライキに入る
4.17 日立総連、24時間ストライキ
4.27 日立鉱山、月産5万トン出鉱体制完成
4.- 日立電線、職務級を導入
4.- 日製日立工業専修学校、科学技術学園高等学校と連携
5.21 日製日立工場、現業職に職務給—基本給・加給・職務給・特別賃率・扶養地域手当からなる新しい賃金制度を導入。年功序列制度から「職務の質」による賃金制度へ転換
5.- 成沢町池の川で宅地造成のため水路が埋まり30戸、15haの田植ができなくなる
5.26 日立市民音楽連盟発足
6.15 軽費老人ホーム「社会福祉法人日立高寿園」(高島秀吉理事長)設置認可
6.- イーグルクラブ設立
7.1 市民の共同出資による「たちばな幼稚園」開設
7.- 少年の非行防止を目的とする日立市学校警察連絡協議会発足
7.- 泉製作所(金沢町、日製多賀工場下請・従業員600人・資本金1000万円)は託児所を開設
9.5 神峰公園裏山に建設された仏舎利塔仮塔で仏舎利奉安式執行
9.22 賃上げ交渉決裂した日鉱連、24時間ストライキ
10.1 日立市公害問題調査会発足
10.1 日立市内7農協(多賀を除く日立・日高・豊浦・中里・東小沢・坂本・久慈)合併の仮調印
10.1 日立駅にコンテナ基地設置
10.- 日製、継続雇用制度を導入し、1年間の定年延長を図る
10.- 日立婦人経営者研究会(百目鬼たけ会長)発足
11.5 日立市教育委員会、特殊学級入級児判別委員会発足
11.5 多賀に日映劇場(映画館)オープン
11.8 日立港で初の外材(台湾産)陸揚げ
11.29 日立市ろう福祉協会設立
11.- 豊浦農協、他の組合の財政悪化を理由に合併反対を表明(28日、役員会で統合を決定)
11.- 日立電線電線工場のエナメル線工場完成
11.- 日製、「技師制度」制定
12.1 茨城県商工信用組合宮田支店開店
12.7 常磐相互銀行日立支店開店
12.21 日製多賀工場の点火器工場(勝田第1工業団地、8400㎡)稼動開始

1965年  昭和40年

1.5 共楽館・本山劇場、テレビの普及による観客減少のため映画の上映を取り止める
1.3 日立セメントの集塵機内で粉塵の除去作業をしていた下請業者の作業員が粉塵の下敷きとなり4人死亡
1.-

茨城労働基準監督局は、日製国分協力工場労務管理推進会(14社加入)日立電線労務管理研究会(31業者)など県内企業4集団に労働時間短縮(残業規制)の指導に入る

2.1 市内7農協が合併して日立市農業協同組合発足
2.2 昨年12月8日発生した病院の給食による食中毒事故への会社側の対応に不満をいだく日製日立総合病院の看護婦120人は、2日朝から3日間の給食を拒否
2.21 日製、技師職制度(技師長・副技師長・主任技師・技師)新設
2.25 産学共同推進のため、県・企業・茨城大学工学部三者による新製品開発促進協議会設立
2.- 日立電線土浦第2工場完成
3.1 2月9日に起きた市道舗装工事現場での作業員死亡事故で、株木建設の社長らを労働基準法違反で書類送検
3.1 日立市は久慈漁港に回船の船員たちの休憩所「船員更生会館」を建設
3.14 市役所前数沢通り(約500m)にアンズを植樹
3.- 日立労働基準監督署(管轄区域、日立・十王・高萩・北茨城)は、1964年1年間の災害発生数1099件(内死亡22件)、63年より22件、死亡3人増加していると発表
3.- 十王町は日立市あるいは高萩市への合併調査費を計上
3.- 市議会で企業議員は市有地管理のずさんさを指摘(6月議会でも)。黙認していた戦後の市有地への入植・開墾地が日立ゴルフ場建設予定地になったため問題化
3.- 久慈鉄工協組(五来清理事長、多賀工場下請21企業参加)が石名坂町に造成した久慈鉄工団地は移転を完了
4.1 日立電線(株)、豊浦分工場起工
4.1 日立電鉄と常磐交通は、日立-平間(69km)に新路線を設け相互乗入れを開始
4.- 日立市、給与定数臨時調査会を設置
4.- 市町村の電算事務を行なう「茨城計算センター」を日立エンジニアリング・日立市・勝田市・県などが出資して設立(営業開始は翌年1月)
5.8 鮎川沖合で濃霧のため日製の製品運搬のため日立港に向かっていた貨物船(79ニトン)が座礁。乗組員は無事
5.18 4月末に閉店していた丸和デパートは経営不振を理由に労働組合にたいし6月1○日付けで組合員(138人)全員を解雇すると通知していたが、この日労組は全員解雇を受諾
5.26 日製下請の太洋工業で、男子寮生70人を対象に青年学級を開講
5.- 日立工場、受注減を理由に化学装置製作課全量231人を4日ずつ臨時休業させると日立労組に通告
6.3 日立電気(富樫信意社長、従業員40人)は、受注減で工場を閉鎖。この年に入り日立製作所工業協同組合(川又多三郎理事長)加入の67企業は受注減による経営難におちいる
6.- 市内中小企業の労働力確保のため日立市・商工会議所・事業所・職安の代表で構成される雇用対策協議会発足。4月末に発足した県雇用対策協議会の地区組織
7.5 日立電線日高工場で帰休制実施
7.26 経営改善、金融・労働対策、親企業との協調を目的に市内の日製下請企業は、中小工業振興対策協議会を結成
7.- 定例市議会で、職員の給与表の国家公務員給与表への切り替え、職員定数増、学校給食パンの加工を日立土地(株)など民間業者への委託、学校給食調理場の統合などを可決
7.- 労働省の労務改善事業の中小企業集団に日製工業協組(67会員、従業員5067人)、多賀久慈工業労務改善協会(72会員、4993人)が指定される
8.- 日鉱大雄院労組、県労連を脱退して茨城地方同盟に加入
9.2 水戸日立地区広域都市開発促進協議会発足
9.15 日立市民会館オープン
9.21 日立でベトナム反戦集会開かれる
9.- 日立市、家庭の悩みに対しカウンセリングを行なう家庭教育相談室を開設
10.3 第1回日立市身体障害者運動会開催
10.19 諏訪鉱山閉山
10.21 日立電線日高工場の資材倉庫業務を日立電線木工(株)に移管
11.1 日立市内、路上駐車禁止区域に指定
11.1 トラック輸送に対抗するため、日立駅に貨物営業センター設置
11.17 日立総連、茨城地区6工場で24時間ストライキ
11.- 金沢ごみ焼却場建設
12.6 日立薬業会(立原慶男会長、45店)は、日立電線による薬品の廉価販売の自粛を求めて県衛生部に陳情
12.- 日立市は市民会館で予定されていた「全国エレキ合戦」が「青少年に与える影響が大きい」と使用を禁止
12.- 日製工業協組は「日立・国分両工場と取引していない事業者は組合員と認めない」とした定款変更を決め、県へ認可申請。17社が該当
-.- 日立港、茨城・栃木・群馬3県を範囲とする第2次港湾整備計画に着手。このとき15万7000㎡の貯木場建設開始
-.- 日立港後背地第2次開発計画に着手
-.- 東邦銀行(本社福島市)日立支店開設
-.- 建設省は、6号国道の渋滞緩和のため、山側あるいは海岸部にバイパス建設を検討

1966年  昭和41年

1.18 茨城計算センター営業開始
1.20 県内中小企業約60社が参加して65年度企業体新生活運動研究集会開催
1.- 市住宅公社、大沼南原団地16戸の分譲を開始
2.2 日製工業協組、組合員資格制限問題で総会開催(昨年暮の臨時総会で議決され、12月18日県へ認可申請したが、県は手続きが完全でないとして総会のやり直しを指導)。中小企業庁の指導もあって継続審議へ
2.- 日立港の輸入木材を貯蔵する茂宮川の水面貯木場建設計画が動き出す
2.- 高萩税務署廃止、日立に新設案
3.13 日立局と久慈浜局、全国自動即時通話開始
3.21 日立電線日高工場、加工外注管理業務と関連購買業務を日立電線機器(株) に移管
3.- 日立電線豊浦分工場の全自動連続展延設備稼動開始
3.- 日立製作所本社に不況対策のための経営合理化本部設置
4.24 全国重症心身障害児を守る会日立支部結成大会(支部長渡辺済)
4.- 大雄院小、新入生のランドセル通学廃止
5.1 北部学校給食センター操業開始(6月1日西部開始)
5.17 久慈鉄工団地完成式
5.- 東礦商事(本社日立市、社長関定蔵)設立、東酸商事(本社東京、硫酸販売)の日立支店を分離
6.1 『文芸ひたち』創刊号発行
6.14 ひまわり学級開設(知恵遅れの子の通園施設、かしま児童館に)
6.- 日製、職群制度を改定(執務職・技能職の等級区分を4段階から8段階へし、執務職に職務級を導入
7.— 日立社会福祉協議会、社会福祉法人として認可
8.21 日立化成桜川工場の点火栓碍子生産部門(42人)を多賀工場に移管
8.— 日立建設労組(七井英司委員長、120人)、職業訓練センター建設開始(7年前に日立建設共同職業訓練所設立し、間借りしながら運営)
8.— 日本食資材(株)設立、学校給食材料の魚類加工
9.1 大気汚染測定開始
9.— 日立消費経済協議会発足(市・商工会議所・消費団体の三者で価格問題を討議)
9.— 市住宅公社、南高野、大沼町南原・海端・金畑の4団地65戸の分譲開始
9.— 日立市、留守家庭児童(かぎっこ)の実態調査を実施
10.24 本山-大雄院間の硫化精鉱パイプ流送設備完成(鉄索輸送全廃)
10.— 常陸太田-大平田-成沢を結ぶ道路新設に常陸太田市現地調査
10.— 日立電線、輸出3倍増(1割から3割へ)の方針を打ち出す(67年2月21日海外事業部新設)
11.23 多賀にあんず並木を造成。子供会が植樹
12.3 Happy Birthday
12.22 日立信用組合、高萩に支店開設
—.— 市住宅公社、根道ケ丘団地(305戸)の造成に着手

1967年  昭和42年

1.19 市内初のボーリング場油繩子にオープン
1.29 衆議院議員選挙。2区石川次男(社会党)・塚原俊郎(自民党)・石野久男(社会党)当選
1.- 電線工場で市内の工場で初めての交通安全自治会発足
2.1 市を退職した職員ら、し尿収集会社「公益産業(有)」を設立
2.21 日立電線、海外事業部を新設(昨年10月からの輸出増対策の一環)
2.24 丸和百貨店(田坂浩社長)の第5回競売で、伊勢甚本社落札。6月3日、伊勢甚ストア・ジンマート開店
2.- 日製、東海分工場新設。ラジオ・テープコーダーを製造(68年2月独立)
2.- 日立銀座通2丁目商店街、日鉱の軌道敷跡地の利用を計画。そのため共同出資による「弁天町整備(株)」(鈴木武雄社長)を設立
3.30 水木町の日立灯台に点灯
4.4 高萩から移転した日立税務署業務開始
4.- 日鉱でQCグループ活動が始まる
4.20 茨城キリスト教大学開学
4.20 日本婦人有権者同盟日立支部(山崎幸子支部長、会員30人)は市長・市議選候補者へ質問状を出す
4.28

日立市長選挙。萬田五朗当選

4.- 日立電線、事業部を新設。不動産部門を手がけるなど多角経営に乗り出す
5.1 第1回「日立まつり」開催。5日迄
5.13 日立市サッカー少年団(椎木徳寿団長)結成
5.15 日鉱、技能者養成のため「日立鉱業所技能者養成所」を発足させる
5.27 日立地区教職員交通安全協会結成
5.- 日製多賀工場、第2洗濯機工場増築(2350㎡)
5.- 市で18番目の児童公園「戸の内児童公園」完成。建設省が交通事故対策として進める児童公園設置の1環として建設
6.1 日立港、国の重要港湾に指定され、貿易港となる(県内では建設中の鹿島港についで2番目)
6.15 18歳未満の年少者に深夜労働をさせていた大洋工業、労働基準法違反で水戸地検へ書類送検
6.- 大雄院小学校に言葉の教室完成。県内で2番目
7.1 日立市で消費生活係、公害係を設置
7.27 久慈土地区画整理事業、組合方式で認可(日立電鉄久慈浜駅西側の水田地帯16.93ha)
7.-宇佐美松兵衛、いはらき賞受賞(略経歴あり、いはらき1967.7.1)
8.1 身体障害者家庭奉仕員派遣制度始まる
8.1 心身障害者(児)7団体の連絡調整のための日立市福祉団体連絡協議会設立
8.16 電線工場に動員され、艦砲射撃で亡くなった茨城師範学校の教師と生徒12人の212回忌追悼会開催
8.21 多賀工場、佐和分工場を新設。自動車機器を製造
8.- 日立警察署、市内6号国道の南半分15キロ区間の全面駐車禁止を県公安委員会に申請
9.15 日鉱、本山病院での診療を休止。そのため本山に通院バスと救急車を常置
9.28 日鉱、共楽館を日立市に寄付。翌43年4月、市は「武道館」として開館
9.- 助川中町商店街(56店)、アーケード工事に着工
10.20 ベトナム反戦巡回映画会
10.25 多賀工場協力工場労務研究会発足
10.29 日立少年少女合唱団結成
11.3 日立ゴルフクラブ(日立観光開発会社経営)オープン
11.10 日立市土地区画整理事業助成規則なる
11.26 日立ボランティア協会(会長益子明)発足
11.- 日立鉱山労組の働きかけで、同盟日立地域一般労働組合結成
12.1 日鉱、建設・施設部門を分離し、日鉱エンジニアリング(株)を設立
12.25 日立市公害対策委員会条例制定
-.- 日立市は学校経費のPTA会費による負担を3か年計画で全廃することを決する
-.- 会瀬浜港湾内の埋め立てによる公園化計画案浮上
-.- 1967年度、市内6号国道の5か所(鮎川・成沢・大久保・川尻)に歩道橋を設置
-.- この年後半、多賀工場、外注指導委員会を中心に外注企業の協業化合併等を推進

■ 以上で本年表は終わる。しかし日立市の現代史が67年で終わるわけではないし、画期であるわけでもない。作成者が忙しいわけでもない。理由はただひとつ、作成者がくたびれたのである。引き継いでくれる人がいればいいのだけど。どうでしょう。